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産褥期のうつ病[私の治療]

No.5030 (2020年09月19日発行) P.45

根本清貴 (筑波大学医学医療系精神医学准教授)

登録日: 2020-09-22

最終更新日: 2020-09-16

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  • 産褥期は,褥婦の10~15%が抑うつ状態を呈することが知られている。2週間を超えて抑うつ症状が持続し,生活に支障をきたしている場合は産褥期のうつ病である可能性が高い。産褥期のうつ病は褥婦自身の生活だけではなく,育児にも支障をきたすため,早期発見・早期治療が重要である。

    ▶診断のポイント

    産褥期のうつ病の症状は,大半はうつ病に準じた症状である。具体的には,抑うつ気分,興味・関心の喪失,意欲の低下,睡眠障害,食欲不振などである。産褥期ではこれに加えて,イライラ感,流涙,育児ができないことへの強い自責感などが認められる。さらに,産褥期は自殺企図も起こりうることに留意する必要がある。

    産褥期のうつ病のスクリーニングには,エジンバラ産後うつ病質問票が使われることが多い。この質問票は30点満点で,わが国の場合,産後4週間で8/9点がカットオフポイントとして知られており,9点以上の場合は産褥期のうつ病の可能性が高くなる。

    ▶私の治療方針・処方の組み立て方

    産褥期のうつ病は,軽症と中等症以上で治療方針が異なる。軽症は,うつ病の診断基準に照らし合わせてぎりぎり診断基準を満たすような場合であり,日常生活への支障がそこまで強くない。この場合は,支持的精神療法や環境調整を行う。中等症以上の場合は,うつ病の症状が生活に支障を及ぼしており,このような場合には薬物療法が必要である。

    産褥期に独特なこととしては,「薬を飲んだら母乳をあげられなくなる」という思いを多くの褥婦,そして家族が抱くことである。抗うつ薬は母乳中へ分泌されるため,児は母乳を通じて薬物を摂取することになる。母乳を通じて乳児が摂取する薬剤量に関する指標として,「相対的乳児投与量(relative infant dose:RID)」がある。これは,乳児が母乳を通じて摂取する体重1kg当たりの薬物量(mg)を,当該薬物の児への常用投与量(mg/kg)で割ったものである。児への常用投与量が定められない場合には,母親の体重当たりの治療量を代わりに用いる。RIDが10%未満である場合には児への影響はほとんどみられないと考えられている。

    抗うつ薬のRIDは10%未満であることが知られており,児への重大な副作用の報告はなされていない。このため,抗うつ薬の内服と授乳は両立できると考えられている。「周産期メンタルヘルス コンセンサスガイド」1)においても,「母親が母乳育児を強く希望し,児の排泄・代謝機能が十分な場合,精神障害の治療に用いられる薬剤の大半において授乳を積極的に中止する必要はない」となっている。しかし,傾眠傾向や不機嫌,体重増加不良といった症例報告は散見されるため,低出生体重児や早産児なども含め,抗うつ薬を内服している母親が児に母乳を与える場合には,飲み具合,眠り方,機嫌,体重増加などに注意することを説明し,認められた場合には主治医に報告するように指導する。

    抗うつ薬としては,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるジェイゾロフト®(セルトラリン)やレクサプロ®(エスシタロプラム)を選択することが多い。不安が強い場合は,治療初期は抗うつ薬の効果がすぐに現れないため,抗不安薬を頓用で処方する。「不安なときの薬がある」という事実だけでも不安が和らぐことがある。また,授乳のために睡眠時間を十分に確保できないことから,半減期が短い睡眠薬を頓服で用いることもある。症状の改善に乏しく,意欲の低下が強い場合や不安焦燥感が強い場合は,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるサインバルタ®(デュロキセチン),イフェクサーSR®(ベンラファキシン)や,ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)であるリフレックス®・レメロン®(ミルタザピン)などに処方を変更する。なお,周産期領域は大規模コホートやランダム化比較試験が難しいことから,エビデンスが高い研究に乏しいことがある。NICEガイドラインでは,産後うつに対する抗うつ薬のエビデンスレベルはそこまで高くない2)。しかし,臨床現場においては,抗うつ薬による治療で確実にうつの症状が改善し,生活への支障が改善していることから,適切な治療は重要であると考えている。

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