重症妊娠悪阻は,つわり(悪阻。妊娠初期の悪心・嘔吐症状)が重症化し体重減少,脱水,電解質異常などを呈した状態を示す。つわりは70~85%の妊婦が経験すると言われているが,先述の異常を呈するような重症妊娠悪阻は全妊婦の0.5~2.0%に発症し,飢餓状態や高度脱水所見を認める場合は入院を考慮する。
発症の誘因としては遺伝学的要因やhCG,Helicobacter pyloriの慢性感染,妊娠初期の一過性甲状腺機能亢進症など複数の要因が複合的に関与すると考えられてきた。特にhCGの関与の裏づけとして,それが顕著に増加する双胎妊娠,胞状奇胎においてしばしば悪阻が悪化することが挙げられる。また近年,胎盤形成や食欲,飢餓に関連するGDF15やIGFBP7が悪阻の重症化と関連する遺伝子として注目されている。
妊娠悪阻の発症は妊娠5~6週頃であり,妊娠16週頃,遅くとも妊娠20週頃には症状は改善することが多い。妊娠16週以降の発症例や妊娠20週以降も症状が持続する場合は,他疾患の合併も念頭に置く必要がある。
重症妊娠悪阻により脱水をきたすため,経過中は深部静脈血栓症や肺塞栓症の発症に注意が必要である。またビタミンB1欠乏によりWernicke脳症をきたすため,輸液管理の際はビタミンB1を添加することが必須である。
治療介入が必要な妊娠悪阻の重症化した状態を見逃さないことが必要である。明確な診断基準はないが,理学所見や検査所見に加えて,患者本人の訴えや摂食状況の把握が診断の要点となる。検査所見では,尿ケトンの強陽性や脱水に伴う血清中のBUN/Cre比の上昇,電解質異常,また妊娠前の体重と比較して5%以上の体重減少などが重症化の目安となる。
対症療法を中心に,栄養指導や患者本人の心身の休息,本人の訴えを理解し,心理的な支援をすることが必要である。
消化器症状に対しては,制吐薬や漢方薬による対症療法とともに,経口摂取が可能であれば少量頻回の食事・水分摂取を指導する。
皮膚・口唇の乾燥などの理学的所見や肝機能・腎機能の増悪など脱水による臓器障害を認める場合,5%以上の体重減少や尿ケトン強陽性の持続など飢餓状態を認める場合は入院を考慮する。補液療法を行う場合は,嘔吐による電解質喪失などを適宜補充しながら十分なブドウ糖液の輸液を行い,脱水補正と飢餓状態の改善を図る。また,長期間の補液管理を余儀なくされる場合は,中心静脈栄養や経腸栄養も考慮する。重要なポイントとして,糖代謝においてビタミンB1が補酵素として消費され欠乏するとWernicke脳症をきたすため,輸液療法を行う際は発症予防にビタミンB1を最初に加えておく必要がある。
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