網膜中心動脈閉塞症(CRAO)は,急激な視力障害をきたし失明に至る重篤な疾患であり,網膜の血流を担う網膜中心動脈の急性の循環障害である。循環障害の原因の主なものは,内頸動脈狭窄に伴う塞栓である。そのほかに,心疾患による血栓や薬物による血栓形成がある。閉塞の程度により,不完全型,完全型,絶対型に分類される。毛様動脈が存在し回避している症例は,中心視力が保たれる。本疾患がvon Graefeにより報告されて以来140年以上経過するが,いまだ有効な治療はない。
急性の片眼の視力障害およびcherry red spotと呼ばれる特徴的な眼底所見より,診断は比較的容易である。蛍光眼底造影検査(FA)や光干渉断層計(OCT)により血流の著明な遅延および網膜内層の浮腫がみられる。また,OCT angiographyにより,非侵襲的に黄斑部毛細血管の密度の低下を評価することができる。ゴールドマン視野検査は,虚血に伴う周辺部の機能の評価に重要である。視神経乳頭周囲の血流量の測定には,レーザースペックル血流計が用いられる。網膜電図では,b波の著明な減衰がみられる。発症直後から外来受診までの時間,および高血圧,糖尿病など全身の循環器系疾患の既往や,血栓形成に関与する薬剤の聴取は重要である。
CRAOは眼科の救急疾患であり,迅速な対応を必要とする。動物実験では網膜動脈が閉塞して約6時間で視機能は不可逆的障害を受ける。治療方針は,閉塞の程度,外来受診までの時間,他眼の状況,年齢や患者背景などにより決まる。
CRAOの多くは不完全型CRAOであり,視力は0.1以下,指数弁以上であることが多く,視野の比較的著明な狭窄がみられる。FAによる造影遅延はみられるが,多くは1分以内である。本症例の一部は自然経過で改善する可能性があるが,多くは悪化するので治療の介入が望ましい。
FAおよびOCT angiographyで,循環の遅延が著明で黄斑血流の非常に悪い症例,もしくは黄斑部毛細血管の消失している症例(完全型・絶対型CRAO)に対しては,薬物投与や前房穿刺などの標準的な治療を行う。しかし,視機能が改善することは少ない。
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