株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

疾患を想起できない時[直感で始める診断推論(2)]

No.5054 (2021年03月06日発行) P.38

生坂政臣 (千葉大学医学部附属病院総合診療科教授)

登録日: 2021-03-08

最終更新日: 2021-03-03

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

第1回で直感の重要性と,多くの指導医や私自身がほとんどの症例を直感で診断していることを述べた。しかし直感が働かず疾患を想起できない場合や,推論途中で行き詰まった場合の対処法について,これから回を分けて説明しよう。

Ⅰ 情報を上位の医学概念に置き換える

症例 75歳男性:3カ月前からの高CRP血症

外来チームはこの問診表情報からリウマチ性多発筋痛症(PMR)を直ちに想起した。チーム内には直感ではなく,高齢者の慢性炎症性疾患と置き換えてPMRに到達した者もいた。後者の疾患想起はセマンティック クオリファイアー(semantic qualifier:SQ)を利用したものに他ならない。

問診表や患者から得られる情報は,通常,患者の発する言葉や個別のデータ値である。これらの具体的な言葉をより上位の医学概念に置き換えた用語をSQと呼んでいる。この症例の「75歳」は75という数字に推論上の意味はないので,その上位概念である「高齢者」としてまとめたほうが認知負荷は小さい。同様に「3カ月前」を「慢性」や「亜急性」,「高CRP血症」を「炎症性疾患」と置き換えることで,患者情報を普遍化することができる。すなわち,この患者情報を「高齢者の慢性炎症性疾患」というSQの組み合わせに昇華させたのである。通常,普遍化は鑑別を拡げ,疾患を想起しやすくするので,SQへの置き換えは疾患が浮かばない時に有用である。

情報の普遍化はデータベースでの検索にも有効である。患者の言葉は「自然語」であり,キーワードとして登録されていないので,普遍的なSQに置き換えることにより,ノイズの少ない有益な結果が得られやすい。英語圏の医学データベースは充実しているので,SQを英訳しておくとさらに使い勝手が良くなる。

それでは次の例でSQを練習してみよう(図1)。 

症例 33歳男性:昨日から右膝痛
「33歳」という数字自体に意味はないので「中年」というSQに,また「昨日」が一昨日,あるいは本日であったとしても,想起すべき疾患は変わらないので,より普遍的な「急性」というSQに置き換える。左右については,深部静脈血栓症は左足に多いというような意味のある病態も存在するが,想起すべき疾患に与える影響は小さいので,より本質的な病態である「片側」というSQに昇華させる。「膝」の上位概念は「関節」であるが,全身に分布している構造物は罹患数が病態と直結している。すなわち1個か数個か多数なのかが重要なのである。関節の場合は単関節炎(monoarthritis),少関節炎(oligoarthritis),多関節炎(polyarthritis)に分類され,神経の場合は単神経炎(mononeuritis),多発単神経炎(mononeuritis multiplex),多発神経炎(polyneuritis)という具合である。また全身に分布する構造物は罹患部位のサイズが病態の本質を示唆する場合もある。大関節,中関節,小関節や,大血管,中血管,小血管,微小血管などである。一般に,局所vs全身,急性vs慢性などのように対立概念をSQとすれば良いが,単,少,多や大,中,小などへの置き換えには病態生理学的知識も必要である。これらを勘案して,この症例のSQを「中年男性の急性単関節炎」とし,「急性単関節炎」ないしmonoarthritisをデータベースで検索すると,結晶性疾患,感染症,外傷がヒットするであろう。これに「中年男性」を加味して,痛風や淋菌性関節炎などを想起していけばよい。

一方で,普遍化は個別情報の排除にほかならないために,SQ化は疾患特異性の高い情報を失うリスクと隣り合わせである。次の症例をみてみよう。

プレミアム会員向けコンテンツです(最新の記事のみ無料会員も閲覧可)
→ログインした状態で続きを読む

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top