ここ10年の間における糖尿病治療薬の進歩には目を見張るものがある。DPP-4阻害薬の登場により,HbA1cをコントロールすることは以前に比して格段に容易になったが,心血管合併症を予防するというエビデンスは遂に出てこなかった。しかしその後登場したSGLT2阻害薬に関して,心腎疾患の予後改善について有望であるという成績が相次いで発表されており,にわかに心腎保護薬としても注目されるようになった。2021年1月現在,日本では6種類のSGLT2阻害薬が発売されている(表1)。
本稿ではSGLT2阻害薬の薬理学的特性と最近の大規模臨床試験に対する解釈上の問題点について概説する。
SGLT2(sodium-glucose transporter type 2,ナトリウム・ブドウ糖共輸送体2)阻害薬は,血液中に増えすぎた糖を尿から排泄することで血糖値を下げる薬剤である。
血液が糸球体から濾過されて原尿となって尿細管を流れる間に,Naや糖などの体液維持や栄養維持に必要な成分は,近位尿細管に存在するSGLT2の働きによって血液中に再吸収され,不必要な成分だけが尿として排泄される。SGLT1という再吸収システムもあり,尿細管以外に腸管にも存在するが,ブドウ糖の再吸収に対しては10%しか関与していない。
糖尿病患者では血糖の上昇と糸球体の過剰濾過によって尿中のブドウ糖の排泄量が増えるために,SGLT2は尿細管でのブドウ糖の再吸収を亢進させる。
SGLT2阻害薬は,この尿細管での糖分の再吸収を抑制して,過剰な糖を尿と一緒に排泄することで血糖の上昇を速やかに抑え,空腹時血糖とHbA1cを下降させる。しかも体重減少効果もある。
一方,尿糖の増加とともに生じる浸透圧利尿の結果,多尿となる。特に高齢者では猛暑の夏場などでは脱水症状を起こしやすく,また生殖器感染と尿路感染を誘発しやすいことにも注意が必要である。
近年SGLT2阻害薬は血糖低下作用以外に,Na再吸収抑制に伴う利尿作用や,糸球体や尿細管の負担を軽減する作用によって心不全治療薬や腎保護薬として期待できることが心血管アウトカム試験(cardiovascular outcome trial:CVOT)で明らかになっており,糖尿病領域の専門医のみでなく循環器専門医や腎臓病専門医にも大いに注目されている。現在までに主要雑誌に発表されているSGLT2阻害薬に関する主なCVOTとしては以下のようなものがある(表2)。
SGLT2阻害薬の先陣を切って発表された試験であるが,エンパグリフロジンが心血管死や心不全を防ぐという成績は衝撃的であった。それまでの糖尿病治療薬の中で心血管イベントを抑制できたエビデンスを持つのは,ビグアナイド系のメトホルミンだけであった。
本研究は,脳心血管疾患の既往のある2型糖尿病患者7020例をエンパグリフロジン10mgまたは25mg投与する群と,プラセボ群にランダム化して3.1年(中央値)追跡した。主要エンドポイントであるMACE(major adverse cardiovascular events;心血管死,非致死性心筋梗塞,非致死性脳卒中)の発生はエンパグリフロジン治療群10.5%で,プラセボ群の12.1%に比べて有意に少なかった(HR:0.86,95%CI:0.74~0.99,P=0.04)。その内訳は,非致死性心筋梗塞および脳卒中の発生はいずれもプラセボ群と差がなかったが,エンパグリフロジン群のほうが心血管死が38%,心不全による入院が35%有意に少ないという結果であった。有害事象としてエンパグリフロジン群で生殖器感染が有意に多かった。
本研究では,eGFRが30mL/分/1.73m2以上の例について,腎機能への影響では,血清クレアチニンの倍加はエンパグリフロジン群のほうがプラセボ群に比べて有意に少なく(1.5% vs. 2.6%),腎機能の改善も認められた2)。本試験の対象者は全例が脳心血管疾患歴を有していることは念頭に置く必要がある。
エンパグリフロジンが心不全による入院を減らすという結果を受けて,すでに心不全を有している症例に対する効果を検討したEMPEROR-Reduced3)が発表された。この大規模臨床試験の特徴は,2型糖尿病の有無にかかわらず,EF<40%のNYHA classⅡ以上の心不全症例(3730例)を対象としていることである。結果は,16カ月間の追跡期間中において,主要エンドポイントである心血管死または心不全悪化による入院の複合は,エンパグリフロジン群のほうがプラセボ群に比べて有意に少なかった(19.4% vs. 24.7%,HR:0.75,95%CI:0.65~0.86,P<0.001)。その減少には心不全による入院の30%減少が貢献しており,心血管死の減少はみられなかった。
本研究では,糸球体濾過値の減少slopeも有意に遅延させた。2型糖尿病のあるなしにかかわらず心不全に対する有用性が認められた点で画期的な研究である。