菅義偉首相の任期満了に伴う自民党総裁選(9月29日投開票)は、河野太郎行政改革担当相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行の4氏の争いとなった。緊急事態宣言が続きパンデミック収束のメドが立たない中で行われる総裁選の最大の争点は「新型コロナ対策」。各候補も政策の中で新型コロナ対策を大きく掲げるが、問われるのは、当面の感染症対策だけでなく医療への強い問題意識を本当に持っているかだ。各候補の政策から医療、社会保障への関心度を探る。
1年前の菅政権発足直後、日本福祉大名誉教授の二木立氏は本誌連載「深層を読む・真相を解く」で「菅首相は社会保障・医療改革への関心が極めて低い」といち早く指摘。「自助」を重視し「小さな政府」志向が強いことから、二木氏は、菅首相は「社会保障の機能強化」にも取り組まないと予測した。
総裁選への不出馬を決めた後、9月9日の記者会見で菅首相は就任以降の1年間を振り返り「まさに新型コロナとの闘いに明け暮れた日々だった。国民の命と暮らしを守る、この一心で走り続けてきた」と語った。それでも内閣支持率が下がり続け、事実上の退陣に追い込まれた背景には、首相自身の医療への関心の希薄さ、医療を最優先で守る決意の欠如を国民が感じ取ったこともあるのではないか。
自民党総裁選は次期首相に直結する。菅首相が新型コロナ対策を含む医療政策でつまずいたならば、今回の総裁選では、各候補の医療への関心度、当面の感染症対策だけでなく、緊急時にも対応できる医療提供体制の構築にどれだけ本気で取り組もうとしているかがまず問われなければならない。
発表された政策、出馬表明会見、所見発表演説などを基に各候補の新型コロナ対策を表にまとめた。
収束に向かわせるための手段として、ワクチン重視の現政権の方針を踏襲し、3回目接種も含めワクチン接種をさらに加速させるとする河野氏に対し、高市氏は「緊急時に新薬を迅速に実用化できる薬事承認制度の確立」などを大きく掲げ、ワクチン以上に治療薬の重要性を強調する。
岸田氏と野田氏は危機に対応した医療提供体制への問題意識が強く、岸田氏は「国公立病院のコロナ重点病院化」、野田氏は軽症・中等症患者用の「サブホスピタル」の整備を提唱する。4候補とも「ゼロコロナ」はあり得ないとし「コロナとの共存」を目指す戦略を掲げているところは共通している。
どの候補も感染症対策を含め医療に対しそれなりの見識を持っているように見えるが、医療政策に詳しい識者はこう分析する。
「岸田氏は『通常に近い生活を取り戻す』と出口を示し、治療の確保に主眼を置く現実的な政策を示している。河野氏は現在の施策を是とする印象が強い。高市氏は自宅療養者の減少を掲げているが、病床数を増やしてもそれ以上に感染者が出れば必ず自宅療養者は増加するので目標にはなじまず、コロナ問題の理解度に疑問符が付く」(元厚労省幹部)
社会保障全般に対する各候補のスタンスはどうか。河野氏は9月に緊急発売した著書『日本を前に進める』の中で、「医療や年金などの保険料を利用して富の再分配を行うことをやめなければならない」と、「共助」としての保険料の位置づけに疑問を投げかけ、所得再分配は税金で行うべきとの持論を展開している。岸田氏が、公表した政策集の中で「富める者と富まざる者の分断」を生んだ新自由主義的政策の見直し、「成長と分配の好循環」による新たな日本型資本主義の構築を唱えているのとは対照的だ。
先の識者は岸田氏が掲げる「成長と分配の好循環」を「社会保障の充実こそ最強の経済政策と考えるもので極めて妥当」と評価。著書の中で高齢者医療費を支える拠出金制度も廃止すべきと主張している河野氏に対しては「給付と負担により成り立つ社会保障を正しく理解しているとは言い難い。社会保障に対し最も危険な主張だ」と厳しい見方を示す。
野田氏と高市氏は医療について「慢性疼痛対策による生産性向上」(野田氏)、「女性総合診療科の普及」(高市氏)など独自の政策も掲げる。野田氏と岸田氏は共に「子ども庁」の設立など子ども関連政策に積極姿勢を見せているのも大きな特徴だ。
4候補ともそれぞれの視点で新型コロナ対策を含め医療に強い問題意識を持っているが、社会保障に対するスタンスは特に河野氏と岸田氏で大きく異なる。今回の総裁選は当面の感染症対策だけでなく日本の社会保障にとっても重要な選択になりそうだ。
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