新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は,特定の呼吸器疾患を連想させる用語をウイルス名に挿入したことで,呼吸器疾患しか起こさないという誤った先入観を植え付けた
米国では医療費を抑えるために検査を省略して症状で診断し,薬剤を処方できるようにしたが、症状症候群による診断は,重症化して死に至る疾患の場合はリスクを伴う
COVID-19は世界的に呼吸器機能別症状症候群に基づいた重症度分類に応じて対症療法が行われており,それが終息に至らない原因になっている
国際製薬企業による医薬品の供給は世界中に影響を及ぼすため,企業活動を妨げない範囲で,世界的な枠組みが必要
現在実施されている新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)の予防と治療の主な対策はマスク着用,手洗いの励行,三密回避,検疫の水際対策およびウイルス検査陽性者の隔離対策である。それに加えて移動制限をただ強化した「受動的解決策」では限界があり,強化すればするほど,それに相関して,国の経済は疲弊する。それではどうすればよいか。その答えは第1章「緊急事態宣言下の予防と治療に関する能動的解決策─移植感染症学の視点からみたCOVID-19」で紹介した「シンプルな能動的解決策」に早く切り替えることである1)~8)。そのためにも今まで実施してきた政策を同時に検証する必要がある。
今回は,COVID-19を単なる呼吸器機能別症状症候群としてとらえたことが大きな波紋を生んでいることを指摘したい9)。
このような重症度分類がなぜ作成されたか,その背景をさかのぼって追跡してみると,3つの大きな要因に気づいた。
第1の要因であるウイルスの名称については,もともと新型コロナウイルスは,2019-nCoV(novel coronavirus)と命名されていた。その後,SARS-CoV-2(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)と改名された。
単なる感冒症候群を引き起こす4種類のコロナウイルス(HCoV-229E,HCoV-OC 43,HCoV-NL63,HCoV-HKU1)とは別に,重症化する3種類のコロナウイルスの正式名を年代順に挙げてみると表1のようになる。個々で共通しているのはrespiratory syndrome(呼吸器症候群)という疾患名である。
一般に呼吸器疾患(間質性肺炎)の発症頻度が高いとは言え,respiratory syndromeという特定の呼吸器疾患を連想させる用語をウイルス名に挿入したことが混乱を招いた。これでは重症化する3種類のコロナウイルスは呼吸器疾患しか起こさないと誤解されかねない。新型コロナウイルスは人類が初めて遭遇した未知のウイルスである。したがって,それによってもたらされる疾患も未知数が高いので,よく吟味もせず,疾患名を前もってつけたことが人々に誤った先入観を植えつけてしまった。
やがてこれが一人歩きし,これらのコロナウイルスに起因する異なる病態(疾患)が併発しても例外的な合併症として診断されてしまった5)。重症化する3種類のコロナウイルスは健常人においても様々な疾患を発症させるし,易感染性宿主(immunocompromised host)のような免疫能の低下した宿主においては,生体の免疫応答によってまったく異なった病態を生むこともある10)~16)。
世界保健機関(World Health Organization:WHO)は最近,新型ウイルスの命名にあたって偏見や差別を避けるため地名や人名をつけることをあえて控えている。しかし,今回疾患名をつけたことが逆に大きな災いをもたらしている。
新しいウイルスを命名する時に疾患名をつけるとこのように意外な悪影響を及ぼすことがあるので,できる限り避けて慎重に命名すべきである。
そして第2の要因として,症状症候群による疾患名のつけ方が重なったことも不幸な出来事となった。
それではこの症状症候群による診断名とは何か,具体的に説明しよう。まずこの用語が生まれた時期は定かではない。米国では疾患の診断にあたって,検査をすると医療費が高額になるため,一部の疾患においては,諸検査を省略して症状により疾患を診断し,薬剤を処方できるようにした。確かに検査結果が必ずしも疾患の診断に反映されるとは限らない。ただし,このよう診断法では,症状を軽減させることはあっても,その疾患を引き起こす原因を追求していないため,必ずしも根治的治療につながらず,対症療法にとどまる可能性がある。
検査料が比較的安く,検査を重んじるわが国や欧州学派の医師にとっては不条理な診断法である。これでは検査をしたくてもその手段がなかった時代の古典的医学に回帰したと言われても仕方がない。結局は,コロナ禍で大きな代償を払うこととなった。
症状症候群による診断の典型例は,泌尿器科領域の過活動膀胱(overactive bladder:OAB)や勃起不全(erectile dysfunction:ED)である。たとえばOABでは,根源となる原因を追求する諸検査などを省いて,「尿意切迫感と夜間頻尿」の症状があればOABと診断して治療薬を処方できるようにした。このように命に直結しない比較的軽い良性疾患に症状症候群による診断名を適用することは許されるが,重症化して死に至る疾患に適用する場合はリスクを伴うことがある。その背景には薬剤を限りなく多く販売したい企業の思惑が見え隠れしている。
COVID-19は,呼吸器機能別症状症候群に基づいた重症度分類が作成された。なぜこのような科学的に根拠の乏しい分類が作成されたのだろうか。前述したようにこの分類を最初に考案した発案者らは,一般の細菌感染症や慢性ウイルス感染症の既成概念を打破できず,患者のウイルス量と重症化する間質性肺炎の病状の悪化が負の相関を示す乖離現象を理解できなかったのであろう1)~8)。
そこで,COVID-19の重症例は呼吸器疾患の頻度が高いところに目をつけて,呼吸器機能別症状症候群の分類を短絡的に選択したのではないかと推測される。この分類の発案者は,そのことが後に大きな問題を引き起こすことになるとは想定していなかったと考えられる。
次に第3の要因について説明する。
世界一の先進国と言われ,現在でもその地位をどうやら保っている米国において,人口3億2700万人のうち,2022年4月1日まで約8000万人がCOVID-19に罹患し,さらにそのうち約100万人の多くの尊い命が奪われた。この惨状は第三次世界大戦と呼ばれるほど,世界中を見ても最悪の事態である。
20世紀,「理詰めの論法」の理念を展開し,世界の医学界を席巻,牽引してきた米国の医学・医療は,どこに行ってしまったのか。なぜ,これほどまで多くの犠牲を払っているのか疑問が浮かんだので,その原因を探ってみた。
世界のCOVID-19の治療方針やガイドラインを調べてみると,COVID-19を一般に呼吸器疾患ととらえて重症度分類を作成して,その程度に応じて治療方針を立てている。これは,わが国と同じようにというよりも,厚労省の研究班のほうがWHOや米国を見習ったと思われる。
WHO,米国〔国立衛生研究所(National Institute of Health:NIH)〕,英国〔NICE(National Institute for Health Care Excellence)〕,イタリア〔NIID(National Institute for the Infectious Diseases)〕をはじめとする欧米諸国,日本(厚労省),中国(国家衛生健康委員会弁公丁)を含めた世界のほとんどの国が大なり小なりの違いはあるものの,「右へ倣え」と,「呼吸器機能別症状症候群に基づいた重症度分類」を採用して,それに対応した治療を実施している17)~21)。重症度分類に応じた治療がもたらすのは対症療法であり,そのことが結果的にCOVID-19のパンデミックをなかなか終息できない大きな原因となっている。
米国NIHの診療ガイドラインを見ると,病期分類の治療方針については,2021年10月19日付けで本文に,therapeutic management summaryとして触れている程度である。後は治療方針を外来診療と入院診療に分けて詳しく冗長に書いてある。おそらく入院となると医療費がかさむので,なるべく外来診療を中心に考えた治療方針が主流をなしたと推測される18)。そうした経済事情に基づいているのであれば,医療はまったく科学とは無縁で,ビジネス(商業化)の手段として利用されていると言っても過言ではない。
以上述べてきたことはまさに「あっと」驚く展開ではないか!
詳しい経緯は知らないが,皮肉にもクリニカルパスは,保険金をできる限り支払いたくない民間保険会社が考え,症状症候群の診断による疾患名は,薬をより多く売りたい製薬会社が考えたとまことしやかに囁かれている。はじめは合理化や医療費削減などに役立ったが,時代とともに風化しているようだ。
本来,医療の目的は国民の健康・福祉を守るための崇高な治療手段であった。現在,製薬会社は,世界競争に生き残るためにM&Aを繰り返し,国際企業として成長した。一方,自由を重んずる医師は一人で行動することが多く「孤高の人」である。
ところが,本来,製薬会社と一線を画し,独立的立場で「物言う」医療関係者,特に医師を製薬企業は狙い撃ちにし,もっともらしい「利益相反(COI)」理論を持ち出し,その組織に取り込み,企業倫理の一翼を担わされる事態も起きている。すなわち,一部の製薬企業は経済的援助や微々たる講演料と引き換えに,その意向に「忖度」し,なびく学会や研究者に利益を与えた。その結果,経済的基盤の弱い学会や主義主張のない輩は,自然に御用学会や御用学者になり下がってしまった。これでは真の意味の学問や医学・医療の進歩は望めない。
ご意見番として君臨するはずの医学界だが,現在は,科学的に検証し,間違ったことに対しては厳しく反論しなければならない基本的精神が失われたように私には見える。
医者の良心はどこにいったのか。医師のプライドはどこにいったのか……。利潤ファーストの旗のもと,すべて拝金主義で彩られ,国際製薬企業はIT産業と同じように,見方によってはコロナ禍を“金のなる木”として投資家を呼び込み,急速に成長し,国家の体制や国境を越えてその権力を行使できるまで巨大化している。薬剤や医薬品の供給は限定された地域を越え,世界中のあらゆる分野,地域に影響が及んでいる。
健康な生活を営むことは人として最低限補償される人類共通な命題であり,その要求に医学・医療は応えなければならない。このような一国の体制を左右するような国際製薬企業に対しては,企業活動の妨げとならないように,「地球の温暖化問題」と同じように世界的な枠組みが必要になると考える。
以上の一連の潮流を見ると,COVID-19の流行は天災として始まったが,しだいに人災に変貌している。
世界の医学界はもう一度ヒポクラテス精神の原点に戻って,医学,医療とは何か考え直さなければ,人類は恐竜と同じようにあえなくこの地上から消えて化石と化すだろう。その時に「化石賞」を戴いても「後の祭り」である。
天災として始まったCOVID-19の流行は早いもので,約2年数カ月が経過した。SARS-CoV-2は予想以上に変異が早く,感染性が強くなった。さらに様々な要因が加わり,人災の様相も帯びてきている。それを見直すためにもCOVID-19の診療指針や学会のガイドラインのあり方を考え直すことが大切である。
【文献】
1)高橋公太:web医事新報. 2021.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=17678
2)高橋公太:医事新報. 2021;5064:26-32.
3)高橋公太:医事新報. 2021;5077:29-37.
4)高橋公太:医事新報. 2021;5083:38.
5)高橋公太:医事新報. 2021;5092:27-33.
6)高橋公太:日臨腎移植会誌. 2021;9(9):44-56.
7)高橋公太:腎と透析. 2020;89(4):735-43.
8)高橋公太:腎と透析. 2021;90(2):289-301.
9)厚生労働省:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き. 第7.0版, 2022年3月4日.
10)Takahashi K, et al:Transplant Proc. 1987;19(5):4089-95.
11)高橋公太, 他:日泌会誌. 1989;80(2):175-84.
12)高橋公太, 他:今日の移植. 1992;5(3):287-91.
13)八木澤隆, 他:移植. 1992;27:586-93.
14)高橋公太, 他:腎と透析. 1993;34:231-7.
15)高橋公太, 編:臓器移植におけるサイトメガロウイルス感染症. 日本医学館, 1997.
16)Takahashi K:ABO-incompatible kidney transplantation. Elsevier, 2001.
17)World Health Organization:COVID-19 clinical management:living guidance. 25 January 2021.
18)NIH:COVID-19 Treatment Guidelines:Coronavirus Disease 2019(COVID-19)Treatment Guidelines. 19 October 2021.
19)National Institute for Health and Care Excellence(NICE):COVID-19 rapid guideline:managing COVID-19. 23 March 2021.
20)Nicastri E, et al:Infect Dis Rep. 2020;12(1):8543.
21)Translation organized by WHO China Office:Diagnosis and Treatment Protocol for COVID-19 Patients. Tentative 8th edition, 2021.