移植感染症学とは何か
COVID-19と移植感染症学のつながり
移植感染症はある視点からみれば,人為的に作られた医原性疾患である
移植感染症の病態は,病原体,宿主の生体防御機能の程度,薬剤の相互関係によって規定される
移植感染症学は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と一見,何らつながりがないと思われるが,新興感染症COVID-19の未知の病態と予防・治療を理解するためにはきわめて参考になる重要な学問である。今回は2回に分けて説明を加えたい。
宿主が臓器不全に陥り,その治療として臓器移植を実施し,拒絶反応を抑制するために免疫抑制療法を受けるとほとんどの症例は生着するが,時に移植臓器機能の低下や免疫抑制療法の副作用のため易感染性宿主(immunocompromised host)となり,日和見感染症(opportunistic infection)を発症する1)2)。
この感染症は,ある意味では人為的に作られた実証感染症(experimental infection)であり,見方によっては医原性感染症(iatrogenic infection)と呼ばれる。
移植感染症学はこの感染症を研究し,その予防と治療に役立たせる学問である。一般健常人が罹患する感染症と大きく異なる点は,その患者が受けている免疫抑制療法の強弱により,宿主の生体防御機能の程度に差が生じるため,同一の病原体でも様々な未知の病態や疾患を生むことがある。
したがって,その予防や治療においては,病原体,宿主の生体防御機能,および薬剤の相互関係を考えながら実施する必要がある。そしてこの感染症の概念を理解することが新興感染症,今回のCOVID-19の病態や予防・治療対策に大きく貢献する(図1)。
現在,腎移植は臓器移植の中で最も普及しており,これが基本となって他の臓器移植が発展してきた。そこでまず腎移植における免疫抑制療法の変遷により移植後の感染症も変わってきたことを紹介したい1)〜23)。
黎明期とは,1954年,ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院(MGH)のMurrayらが実施した一卵性双生児間の腎移植に始まり,さらにその年の後半から免疫抑制療法が必要になった同種腎移植を経て画期的な免疫抑制薬シクロスポリン(CYA)が臨床に普及される前の1980年代前半までの期間をさす1)。
同種腎移植では拒絶反応の抑制のため,免疫抑制療法は必須であるが,この黎明期では基本的な免疫抑制薬としてステロイドと代謝拮抗薬のアザチオプリン(イムラン®)の2剤しかなかった。これらの薬剤は免疫抑制効果が弱く,非特異的な薬剤であったため,急性拒絶反応が多発し,投与量が結果的に多くなり,おのずと副作用や有害事象が多数発生した。
投与されたステロイドは,現在の免疫抑制療法の数倍量使用されていたため易感染性が増した。さらにアザチオプリンの主な副作用として,肝機能障害や骨髄抑制があり,特に骨髄抑制が強いため,汎白血球減少症となり,細菌感染症や真菌感染症が散見された。そのため一時は,腎移植は成功率が低くリスクの高い治療とみられ,透析療法の成績を上回るには至らなかった18)。
1970年代に入り拒絶反応発症の機会をできる限り少なくするために組織適合性が重視され,その検査の開発と精度の改良がなされた。また,周術期管理の向上,貴重な臨床体験の積み重ねにより,拒絶反応や感染症の傾向もある程度つかむことができ,少しずつ成績は向上した。
1978年にはCalneらが画期的な免疫抑制薬CYAを臨床応用し,良好な成績を報告して以来,腎移植をはじめとして肝,膵,心,心肺および骨髄移植の成績が向上して,臓器移植は大きく変貌した9)。また,この薬剤がヘルパーTリンパ球を選択的に抑制し,IL-2の産生低下,さらにその増殖を抑えることが判明されたことにより,拒絶反応のメカニズムも明らかになった。また,1996年よりCYAと同様のカルシニューリン阻害薬で,免疫抑制効果がさらに強いタクロリムスが腎移植の分野にも使用され,高い成績が得られるようになった19)〜23)。
これらのカルシニューリン阻害薬の使用により急性拒絶反応の発生率は低下し,成績は向上したが,副作用として腎障害がある心移植例で腎機能が低下し透析療法に入る例があり,一時は大きな問題としてクローズアップされるに至った。
さらに腎移植患者のベースに使用する免疫抑制薬が非特異的免疫抑制薬から拒絶反応の担い手であるリンパ球を特異的に抑制する薬剤に代わって,腎移植後の感染症も様変わりした。すなわち,その病原体の主流が細菌や真菌からウイルスに移行した。
現在の免疫抑制療法は降圧療法と同様に多剤併用療法であるが,そのベースにはカルシニューリン阻害薬が使用されている。その血中治療域(therapeutic window)が狭いので,効果と安全性,さらに副作用,有害事象を予防するため,薬物動態(pharmacokinetics:PK)-薬力学(pharmacodynamics:PD)試験やTDM(therapeutic drug monitoring)の役割が重視され,移植医はこれらの知識を吸収するために努力した。
この薬剤の使用法や精度管理の向上をめざして,全国の移植施設が参加して研究会を発足させた。その結果,腎移植の成績は飛躍的に向上し,現在では47都道府県のほとんどの末期腎不全患者は質の高い腎移植が受けられるようになっている。
CYAの登場は,単なる免疫抑制薬の一剤にとどまらず,今までの医学医療の分野,特に薬理学,免疫学の進歩に多大なる影響をもたらした。この薬剤はリンパ球を選択的に抑制する分子標的薬のはしりであり,薬剤の投与においては,匙加減の経験の時代からTDMに基づいて至適投与する科学の時代に変わった。免疫学においては,この薬効により急性拒絶反応の発生メカニズムも明らかにされた19)〜21)。
次回の第9章では,筆者にとってもきわめて印象深く,移植感染症学を学ぶきっかけとなったCYAの功罪について紹介したい。
移植感染症学の真髄を述べ,併せてこの感染症学が新興感染症であるCOVID-19を理解するために大切な学問であることを強調した。
【文献】
1)高橋公太, 編:腎移植のすべて. メジカルビュー社, 2009.
2)高橋公太:臓器移植と感染─腎移植を中心に. 外科領域感染症. 酒井克治, 編. 医薬ジャーナル社, 1986, p249-73.
3)高橋公太, 他:日泌会誌. 1989;80(2):175-84.
4)Takahashi K, et al:Transplant Proc. 1978;19(5):4089-95.
5)高橋公太, 編:臓器移植におけるサイトメガロウイルス感染症. 日本医学館, 1997.
6)Takahashi K:ABO-incompatible kidney transplantation. Elsevier, 2001.
7)高橋公太:医事新報. 2021;5064:26-32.
8)高橋公太:腎移植─黎明期から成熟期を通して学んだこと. 日本臨床腎移植学会50周年記念誌. 2017, p20-6.
9)Calne Y, et al:Lancet. 1978;2:1323-7.
10)高橋公太:web医事新報. 2021.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=17678
11)高橋公太:腎と透析. 2021;90(2):289-301.
12)高橋公太:医事新報. 2021;5077:29-37.
13)高橋公太:医事新報. 2021;5083:38-46.
14)高橋公太:医事新報. 2021;5092:27-33.
15)高橋公太誌日臨腎移植会誌. 2021;9(1):44-56.
16)高橋公太:腎と透析. 2020;89(4):735-43.
17)高橋公太:腎と透析. 2022;92(2):222-34.
18)Murray JE, et al:Am J Surg. 1963;15:205-18.
19)Borel JF, et al: Agent Action. 1976;6(4):468-75.
20)Calne RY, et al:Lancet. 1978;2(8104-5):1323-7.
21)高橋公太, 他:腎と透析. 1984;17(1):57-65.
22)Ociai T, et al:Transplantation. 1987;44(6):734-8.
23)Starzl TE, et al:Am J Kidney Dis. 1998;31(6 Suppl):S7-14.