糖尿病網膜症はわが国の視覚障害の原疾患第3位で,高血糖以外にも様々な全身因子と関連して発症・進行する。
日本初の「糖尿病網膜症診療ガイドライン」が2020年に発行され,病期分類や新しい概念である「視力をおびやかす糖尿病黄斑浮腫」が示された。
治療法には内科的治療と眼科的治療があり,糖尿病黄斑浮腫を伴う場合は,中心窩を含む場合と中心窩を含まない場合に分けて治療計画が立てられる。
眼科手術を行う場合は症例の緊急度に応じた柔軟な血糖コントロールが望ましい。
失明者を減らすだけでなく,より高い視機能を得るために内科と眼科のさらなる連携が必要である。
糖尿病網膜症の有病率は,2000年以前と比較し,2000年以降では世界的に低下してきていると報告されているが,糖尿病の有病率は上昇傾向にあり,糖尿病網膜症の症例が多くいることには変わりない。
以前,糖尿病網膜症はわが国の視覚障害の原疾患の第2位であったが,最近は緑内障,加齢黄斑変性に次いで第3位となった。その理由は,ここ20~30年で内科医の先生方が,糖尿病患者に眼科受診を勧める診療間連携が進んだことによるものが大きい。また,眼科での網膜レーザー光凝固による治療が,大学病院や基幹病院のみならず,クリニックレベルにも広く普及し,早期治療が行われるようになったこと,さらに,手術治療の進歩による術後視力(視力0.1以下が法的失明)の改善が寄与していると考えられる。ただ,糖尿病網膜症が第3位になったからといっても大きな問題が残っている。上位の緑内障,加齢黄斑変性は,加齢に伴って60歳代以降に失明することが多いのに対して,糖尿病網膜症では40歳代の働き盛りで失明することが少なくない点である。働き盛りでの失明は,本人のみならず,家族を含めた社会的影響が特に大きい。今後も引き続き内科と眼科の連携を保ちつつ,より一層の若い世代の眼科受診を促していく必要がある。
今回は,内科医が知っておくべき糖尿病網膜症の診断,リスク因子,標準治療とともに,日本初の「糖尿病網膜症診療ガイドライン」1)で示された糖尿病網膜症の病期分類や,新しい概念である「視力をおびやかす糖尿病黄斑浮腫」についてもアップデートし,最後に今後の課題についても述べたい。
糖尿病網膜症は,初期だけでなく病期が進行した段階でも自覚症状を認めないことが多い。したがって,糖尿病黄斑浮腫,硝子体出血,牽引性網膜剝離まで進行し,自覚症状が出て初めて眼科受診する,または数回眼科を受診したが症状がなかったということで眼科受診を自己中断してしまい,その後に重症化するといった症例が少なくない。そのため,糖尿病の診断が確定,もしくは疑われた時点で眼科を受診させて糖尿病網膜症の有無と病期を評価し,さらに眼科受診を継続させることが重要である。後述する糖尿病網膜症のハイリスク症例では,特に注意が必要である。
日本を含むアジア地域では,糖尿病網膜症の有病率は19.9%,増殖糖尿病網膜症1.5%,糖尿病黄斑浮腫5.0%であり2),わが国における2型糖尿病患者の糖尿病網膜症の発症率は年3.833)~3.98%4)とされている。
糖尿病網膜症は様々な全身因子と関連しているために,内科と眼科の連携強化が重要であり,患者には眼科の定期受診が必要であることを十分に説明して病識を持たせる必要がある。
糖尿病網膜症のリスク因子を以下に挙げる。これらのリスクをなるべく減らすことが重要である。
糖尿病罹病期間が長いほど,糖尿病網膜症の有病率と重症度はともに上昇する3)。糖尿病網膜症発症時の年齢も重症度に影響し,発症年齢が若いほうが糖尿病網膜症は重症化しやすい。糖尿病の全身合併症においては,早期に強力に血糖をコントロールすることで,その後長期間にわたって合併症の発症・進展を抑制するlegacy effect(遺産効果)5)6),metabolic memory(高血糖の記憶)7)~9)が存在することが報告されている。
Epidemiology of Diabetes Interventions and Complications(EDIC)試験では,従来コントロール群にもインスリン強化療法を推奨した結果,2群間にHbA1cの差がなくなったが,DCCT(Diabetes Control and Complications Trial)から引き続き強化療法を継続した群において,糖尿病網膜症の進展および糖尿病黄斑浮腫の発生,そして汎網膜光凝固の必要性が有意に抑制された8)10)。こうした報告をふまえ,日本糖尿病学会では多くの患者には糖尿病網膜症などの細小血管症発症・進展予防の観点から,HbA1cの目標値を7.0%未満とした。
急速な血糖コントロールによる糖尿病網膜症の悪化をearly worseningと呼ぶ。early worseningによる視力低下は約50%の症例で遷延するので注意を要する11)。特に長期間血糖コントロール不良かつ糖尿病網膜症が存在する患者では,血糖コントロール開始後の早期における糖尿病網膜症の悪化に注意すべきであり,眼科医と連携しつつ血糖コントロールを行う。
他人の介助を必要とするような重症の低血糖症は,糖尿病網膜症の発生率を約4倍に増加させる12)ので,注意を要する。無自覚性の夜間低血糖もリスクになると思われる。
収縮期血圧が10mmHg上昇すると初期の糖尿病網膜症のリスクが10%上昇し13),収縮期血圧が10mmHg下降すると糖尿病網膜症発症リスクを約10%軽減できると報告されている5)。
脂質異常症と硬性白斑の黄斑沈着の程度との関連性が報告されている14)。
微量アルブミン尿が増加すると糖尿病網膜症のリスクは高まり15),また糸球体濾過量(glomerular filtration rate:GFR)の低下は,糖尿病網膜症の有病率および程度において,有意に相関するとされている16)。
糖尿病合併妊娠(糖尿病が妊娠前から存在するもの)では,非妊娠患者に比し1.60~2.48倍の糖尿病網膜症進展リスクがある17)。増殖・増殖前網膜症は,妊娠中および産褥期に悪化しやすく,特に注意を要する。挙児希望のある糖尿病患者は,妊娠前から眼科への定期的検診の上,妊娠が明らかとなれば,ただちに眼科受診が必要である。
身体活動量が少ないほど糖尿病網膜症の有病率が高く18),坐位時間が多いほど糖尿病網膜症の有病率が高い19)ことが報告されている。
喫煙は1型糖尿病では糖尿病網膜症リスクの増加と関連するが,2型では同様の関連を認めなかった20)。
◯
このように,高血糖以外にも糖尿病網膜症は様々な全身因子と関連して発症・進行する。
わが国の臨床現場では,現在以下の3つの分類が混在しているが,2020年に発表された「糖尿病網膜症診療ガイドライン」1)では,3分類の対応の目安が示された(表1)。
内科医と眼科医の連携を促進することを1つの目的として国際重症度分類が作成された。Early Treatment Diabetic Retinopathy Study(ETDRS)分類,臨床試験,疫学研究に基づいて作成された眼底所見のみに基づいた分類であり21),実質的な国際標準となっている。基本的な考え方は,「眼底所見をもとに増殖糖尿病網膜症への進展の確率」を表した重症度分類であることで,網膜症を,無,非増殖,増殖の3つに大別し,さらに非増殖網膜症を軽症,中等症,重症に分けている。
糖尿病網膜症の病期を,血管透過性亢進(点状・斑状・線状出血と硬性白斑)を特徴とする単純糖尿病網膜症(simple diabetic retinopathy:SDR),血管閉塞まで進行した増殖前糖尿病網膜症(pre-proliferative diabetic retinopathy:PPDR),血管新生を生じている増殖糖尿病網膜症(proliferative diabetic retinopathy:PDR)の3期に分けている。シンプルな分類であり,増殖前期に蛍光眼底造影を施行して,網膜光凝固を検討するという日常臨床に即しており,わが国で広く使われている。
糖尿病網膜症を良性と悪性に区別し,比較的軽症の単純糖尿病網膜症は良性とする一方で,血管閉塞や血管新生があり網膜症の活動性が高く,網膜光凝固の適応症例を悪性としている。網膜光凝固や硝子体手術などの治療によって沈静化が得られた際には,増殖停止期として良性網膜症に組み込んでいる。合併症の記載と糖尿病網膜症全体の推移を表している点も特徴である。
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