COVID-19に特徴的な嗅覚障害はパンデミック当初より注目を集め,変異株の出現により発生頻度や臨床的特徴が変化している。オミクロン株BA.1系統流行期では嗅覚障害の発生頻度は減少したが,BA.5系統流行期では再び増加するといった状況である。嗅覚障害の多くは早期に改善するが,1年以上にわたり症状が持続する患者も数%存在することに注意を要する1)。
COVID-19の診断後2週間以上経過しても嗅覚脱失,嗅覚低下や異嗅症などの嗅覚障害があればまず近くの耳鼻咽喉科の受診をすすめる。嗅覚障害の診断には鼻腔内の内視鏡による観察,嗅覚検査などの耳鼻咽喉科専門診療が必須である。これは内視鏡検査で中鼻道のみならず嗅裂までの観察が必要なためで,一見正常に見えても嗅裂のみの閉塞や鼻副鼻腔炎が原因の場合もあり,診断結果により治療法が異なる。診断の遅れは治療機会を失うこととなりデメリットが大きい。
嗅覚検査で異常を認めるが内視鏡やCTで鼻・副鼻腔に異常がない場合は,嗅神経性嗅覚障害の可能性が高い。この障害に対して有効性を示す高いエビデンスが得られた治療法はないが,本邦では『嗅覚障害診療ガイドライン』に準じた治療が一般に行われる1)。
COVID-19罹患後症状で遷延化する嗅覚障害は主に嗅神経性嗅覚障害であり,症状の回復に神経伝導路の再生が必要となる。嗅神経性嗅覚障害の治療薬として亜鉛製剤,漢方薬,ステロイド点鼻および内服,ビタミン製剤,代謝改善剤などが使用されている。現時点でエビデンスレベルの高い研究において有効性が示された薬物はない。しかし,『嗅覚障害診療ガイドライン』にはエビデンスレベルは低いもののある程度の有意差を持って有効とされる治療薬として当帰芍薬散と経口ステロイド薬などが示されている2)。
このうち当帰芍薬散は当帰,蒼朮,沢瀉,茯苓,川芎,芍薬からなる漢方製剤で,一般に冷え性や貧血,月経不順,更年期障害(めまい,肩こり等)などの症状に対して用いられているエストロゲン様作用を持った漢方製剤である。エストロゲンと嗅上皮再生に関係があることは以前より示唆されており,エストロゲン様作用を持った当帰芍薬散は障害後早期に嗅上皮再生を促進するといわれている。本邦では当帰芍薬散がステロイド点鼻による治療法に比較し感冒後嗅覚障害に対する改善率が高いことや原因不明の嗅覚障害に対しても有効である可能性が報告されている3)。
我々もパンデミック当初よりCOVID-19罹患後症状で遷延化する嗅覚障害に対しては当帰芍薬散を中心に必要があれば経口ステロイドを組み合わせて加療に当たっており,それなりの手応えを感じている4)。