気圧,温度,湿度などの気象要素の変動によって様々な疾患が悪化することがある。このような病態は“気象病”と呼ばれ,ぜん息,メニエール病,うつ病などがよく知られている。また,もともと頭痛や慢性の痛みがある方などでは,症状が悪化することも少なくない。愛知県O市で20歳以上の住民2628人を対象に行った調査では,3カ月以上続く慢性の痛みを持つ人(全体の39.3%)のうち約25%は「悪天候や悪天候が近づくときに痛みが悪化する」と回答した1)。また,京都大学が関節リウマチ患者を対象に行った調査では,関節の腫れと圧痛の程度は気圧が低下するときに高くなった2)。このように,天気変化と痛みの間には何らかの因果関係があることが報告されてきた。
筆者のグループは,この病態のメカニズムを明らかにするため,低気圧装置を活用して研究を進め,気圧の変化を内耳に存在するセンサーが感知し,片頭痛の発作を誘導することや,自律神経バランスを乱すことで慢性痛の悪化,うつ症状などを引き起こすことを明らかにしてきた3)。そして,この仮説に基づき,天気の影響を受ける慢性痛(天気痛)に対して内耳リンパの滞りを改善する効果を期待して利水漢方剤の処方を行い,一定の効果を上げてきた。
利水漢方剤は,水の滞り(水滞)を解消させる生薬を含む漢方薬の総称であるが,天気痛の病態には古くからよく用いられてきた4)。その代表である五苓散は去湿利尿の効果があるため,筆者は特に頭痛にめまいを伴う場合や顔面,舌にむくみを伴っているケースで用いている。さらに,冷えが強い場合は呉茱萸湯を追加で投与すると頭痛を有効にコントロールできる場合が少なくない。また,めまいが強い場合は,五苓散に抗めまい薬を併用することで,過敏になっている内耳の抑制効果も得られる。五苓散と抗めまい薬の併用は,頭痛に限らず,天気の影響を受ける症状全般にも効果を示すことがあるので,めまいやふらつきを持つ患者には積極的に処方している。
五苓散は本症例のように連日服用してもらうことも良いが,天気が崩れるタイミングに合わせて予防的に頓用してもらうと効果を得やすい。患者には痛み日記を書いてもらい,どのようなタイミングで服用するとより効果が得られるかを相談しながら決めている。
天気の影響を受ける患者は,自分でコントロールできない「天気の変化」による体調悪化に翻弄されており,医療者も痛みのコントロールや積極的な治療のタイミングを計りかねているケースが多いと思う。天気悪化の影響をうまく取り除くことで,それぞれの疾患の治療に集中できるという利点があると考えている。