認知症の原因となる疾患は,アルツハイマー型認知症(AD),血管性認知症(VD),レビー小体型認知症(DLB)の3つの病気が有名ですが,他にも多くの疾患があります。原因は多彩ですが,認知症の症状は①記憶障害,見当識障害などの認知機能障害,②行動・心理症状(BPSD),③加齢に伴う神経症状や身体症状─に大別できます。この3つの症状が組み合わさり,日常生活機能の障害を来せば認知症と診断されます。従来,BPSD,特に攻撃性,興奮,幻覚,妄想などの症状に対し抗精神病薬がしばしば用いられてきましたが,錐体外路症状や過鎮静などのリスクがあり,日常生活能力が低下することが少なくありません。認知症患者に抗精神病薬を使用することにより死亡率が上昇することが指摘されたこともあり,最近は抗精神病薬は慎重に用いられ,漢方薬が注目されるようになりました。
その中でも最もよく用いられているのが抑肝散です。もともと抑肝散は子どもの夜泣き,かんの虫の薬です。1984年に原敬二郎先生が初めて高齢者の情緒障害に対する効果を検討しました。特に効果がみられた症状は不眠,易怒性,興奮,せん妄で,最近の抑肝散の報告で効果がみられる症状と一致しています。
抑肝散が無効である場合も少なくありません。BPSDに対して抑肝散,抑肝散加陳皮半夏,釣藤散,黄連解毒湯,三黄瀉心湯を用いた自験例を示します(図)。認知症患者218例中BPSDが目立つ61例(AD 44例,DLB 10例,VD 3例,FTD(前頭側頭型認知症) 4例)に対して漢方薬治療を行い,治療前後のBPSDの頻度と内容の変化をNPIスコアを用いて検討しました。これらの漢方薬を証により投与することでBPSDは治療可能であり,約70%で改善を認めました。
BPSDの対応方法の第一は,本人の状態をよく理解することです。認知症になってしまった喪失感や悲しみ,不安感が背景にあること,アルツハイマー型認知症であれば「5分前のことは覚えていないが,50年前のことは覚えている」という物忘れの国の住民であることを理解し,対応していただきたいと思います。