がん治療の進歩に伴い生存率が改善された結果、がん患者の心血管系(CV)疾患リスクに注目が集まるようになった(Cardio-Oncology:腫瘍循環器学)。「がん治療は成功したがCV疾患で早死にした」という事態を避けるためである。しかしエビデンスは不足している。
「活動性がん患者の深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)抑制における経口抗凝固薬(OAC)長期服用」の有用性も根拠となるエビデンスは不在だったが、8月25日からアムステルダム(オランダ)で開催された欧州心臓病学会(ESC)学術集会では、この点を明らかにするわが国からのランダム化比較試験(RCT)が報告された。”ONCO DVT”試験である。山下侑吾氏(京都大学・循環器内科)が発表した。
下腿限局型DVT(isolated distal DVT:id-DVT)例に対するOAC継続は3カ月間よりも12カ月間のほうが、 大出血を増やすことなく静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)を抑制できるようだ。
VTEはがん患者に13~67/1000人年で発生し、非がん患者に比べ相対リスクは4~7倍とされている[Timp JF, et al. 2013]。またがん患者の約2割がDVTを発症[Aggarwal A, et al. 2015]し、入院患者DVTの6割はid-DVTだという[Potere N, et al. 2023]。
しかしがん患者のVTEのみを対象とした大規模RCTはなく、各種ガイドラインはコンセンサスベースの推奨を掲げている。
そこで山下氏らは、id-DVT既往のあるがん患者のみを対象に、長短期の抗凝固療法有用性を比較することにした。
対象は、id-DVTと新たに診断された活動性がん患者604例である。「すでに抗凝固薬を用いている例」、「肺塞栓症合併例」などは除外されている。
なおこの例数は、試験開始時の目標登録数にほぼ等しい。
平均年齢は71歳、約3割が男性で、平均体重はおよそ55kgだった。
また約25%にがん転移を認めた。
これら604例はDOAC(エドキサバン60mg/日、減量基準適格例は30mg/日)「3カ月継続」群と「12カ月継続」群にランダム化され、非盲検下で観察された(評価項目判定者は盲検)。
両群とも服薬継続率は低かった。
特に「3カ月」継続群では、開始後2カ月を経過すると服用中止率が著増した。試験開始後2カ月の時点で15.2%だった服薬中止率がその後1カ月で倍増以上の41.4%まで上昇したのである。プロトコル通り3カ月間DOACを飲み続けたのは「3カ月継続」群の58.6%のみだった。
一方、「12カ月継続」群ではこのような急峻な服薬中止率の増加は認めない。
もっとも試験開始3カ月後には16.4%が服用を中止し、12カ月後の中止率は41.3%まで上昇した。
このように試験開始3カ月後時点のDOAC服用率に両群間で25.0%の差が生じていたが、その時点での1次評価項目(症候性VTE再発/VTE関連死亡)発生率は両群ともほぼ1%で差を認めなかった。
しかしそれ以降、両群の「症候性VTE再発/VTE関連死亡」発生率は差が開き、試験開始1年後には「12カ月継続」群が1.2%、「3カ月継続」群が8.5%と有意差を認め(P<0.001)、「12カ月継続」群におけるオッズ比(OR)は0.31(95%信頼区間[CI]:0.03-0.44)の有意低値だった(ロジスティック回帰分析を採用)。
この結果は「転移」の有無を問わず一貫していた。
なお試験設計時に想定していた発生率は「12カ月継続」群が6%、「3カ月継続」群が12%であり、実発生率は見込みを大きく下回っている。
一方2次評価項目の「大出血(ISTH基準)」は「12カ月継続」群のほうが「3カ月継続」群に比べ高値となる傾向を認めたものの、有意差には至らなかった(10.2% vs. 7.6%、OR:1.34、95%CI:0.75-2.41)。
また両群の発生率曲線は「症候性VTE再発/VTE関連死亡」と異なり、試験期間を通じてほぼ重なり合ったまま推移した。
指定討論者であるTeresa Lopez Fernandez氏(ラパス大学、スペイン)は上記結果から、本試験の対象になるような患者では長期の抗凝固療法が支持されるとする一方、出血高リスク例の事前特定も重要だと指摘した。
山下氏もこれを受け「全員に長期の抗凝固療法の適応があるとは考えていない」と述べ、出血高リスク例特定の重要性を認めた。
またFernandez氏は「12カ月継続」群の服薬アドヒアランスの低さに言及し、「12カ月継続」という治療方針の出血リスクが過小評価されている可能性も指摘した。
本試験は第一三共株式会社から資金提供を受けて実施された。
また報告と同時にCirculation誌ウェブサイトで公開された。
なお本試験が報告された「HOTLINE」セッションはESC学術集会の目玉であり、採択されるのは臨床に大きな影響を及ぼすと認められた質の高い臨床試験のみ。発表の場は1、2を争う大会場である。