スポーツ心臓症候群は,スポーツ心臓やアスリート心臓とも呼称される。スポーツ心臓の名称は,1899年にHenschenが,クロスカントリースキーで上位入賞した選手において,心濁音界が拡大していることを理学的検査のみで明らかにした報告に端を発する。本症候群は,心臓のポンプ機能を高めて末梢筋肉への十分な酸素の供給を目的とした,心臓の構造的および機能的な良性のリモデリングであり,心臓の生理的な適応反応である。ほぼ毎日1時間以上のトレーニングを行う人に生じやすく,典型的には2年以上の運動歴がある若年者にみられる。
本症候群では心筋重量の増加を認める傾向があるが,等長性競技種目の競技者では主に左室内腔の拡張による心臓の拡大によって,等尺性競技種目の競技者では左室壁厚の増加に伴う心筋肥大によって生じやすい。競技種目を有酸素系と無酸素系に大別した場合には,有酸素系では遠心性左室肥大を,無酸素系では求心性左室肥大を呈しやすいことが報告されている。
たとえば,持久力トレーニング(長距離走や競輪など)では,左室の容量負荷による心臓内腔の拡大を中心とする遠心性肥大の変化とともに,迷走神経の緊張亢進による安静時,運動時の両方での心拍数の低下(徐脈)を認める。また,筋力トレーニング(重量挙げなど)では,左室の圧負荷による壁肥厚を中心とした求心性肥大を認めやすい。
これらの心肥大を生じても,拡張末期容積の増加によりバランスがとれるため,正常の左室壁応力や冠動脈血流は維持される。また,収縮機能と拡張機能は正常で維持されており,心拍数の低下による拡張期充満時間の延長から,最大1回拍出量および心拍出量は増加する。これら一群の変化は,トレーニングの中止により数カ月~1年程度で元の状態に戻る可逆的な変化であるが,一部のアスリートでは心拡大の残存を認める。
激しい身体運動を繰り返し行うことで生じる心筋の構造的および機能的な変化,特に左室肥大を含む特徴的な心臓の構造的変化を,運動誘発心臓リモデリング(exercise induced cardiac remodeling:EICR)と呼称する1)。運動の人気の高まりによって,アスリートのみならず,レクリエーションでスポーツをする人でも,このような病理学的な変化に伴う臨床検査の異常所見を呈することがあるので,日常診療では遭遇する機会が増えている。
上記の一群の変化を認めても通常は無症状であり,徐脈を含む心電図異常のほかに,1回拍出量増加に伴う収縮期駆出性雑音や,拡張期の早期かつ急速な心室充満によるⅢ音,拡張期充満時間の延長によるⅣ音などの過剰心音が聴取されることがある。
迷走神経の緊張亢進により洞性徐脈や洞性不整脈を認めるが,Ⅰ度房室ブロック(P-R間の延長),Wenckebach型Ⅱ度房室ブロック,心房または心室期外収縮を認めることもある。左室肥大によりQRS波の高電位を認めるが,通常ST変化は伴わない。不完全右脚ブロックや再分極異常を呈することもある。これらの心電図異常所見とトレーニング強度や心機能とは相関しない。
運動負荷試験を行うと,安静時に認められる心電図変化の多くが減少または消失するのも本症候群に特徴的な所見である。
心陰影の拡大を認めるが,心胸郭比(cardiothoracic ratio:CTR)は55%を超えない。運動負荷直後に著しい縮小を示すことが特徴とされる。
僧帽弁や三尖弁からの軽度の逆流を認めることが多い。持久力トレーニングの場合は左室壁厚の保たれた左室内腔の拡大,筋力トレーニングの場合は左室内腔の狭小化を伴わない左室肥大の所見を認める。これらの変化を認めても,通常,左室拡張末期径は58mmを超えず,壁厚は15mmを超えない。
心肥大は左室内径とバランスがとれていること,すなわち「relative wall thickness=(心室中隔厚+左室後壁厚)/左室拡張末期径<0.45」が維持されていることが特徴である。
これらのエコーの異常所見とトレーニング強度や心機能とは相関しない。
スポーツ心臓と心筋症の鑑別に心臓MRIが効果的である可能性が示唆されている2)。
肥大型心筋症において,心臓MRIは心エコーで同定が困難な心尖部や前自由壁,後中隔の局所的肥大を同定することができる。また,ガドリニウム造影剤を使用した遅延造影MRI検査において,生存心筋では低信号となり,壊死心筋や線維化した部位では高信号となる特徴を用いて,中部心筋に巣状の遅延効果を認めることを典型的なパターンとして線維化を確認できることがある。この所見は,特に肥大を呈することが多い左室壁領域に認めることが多いものの,その頻度は40%程度である。
造影剤の遅延効果は非虚血性の拡張型心筋症でも認めることから,遅延造影MRI検査は拡張型心筋症とスポーツ心臓を区別することにも役立つ可能性が示唆されている。しかし,遺伝的な拡張型心筋症でこの所見を認める頻度は30%程度である。
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