アジア人や黒人では白人に比べ、心不全(HF)例の心血管系(CV)転帰が増悪するとの報告がある[Dewan P, et al. 2019、Piña IL, et al. 2021]。しかしこれらは観察研究、あるいは介入方法の異なるランダム化比較試験(RCT)の併合結果という限界があった。そこでより均一性の高い2つのRCTを併合しこの点を検討したのが、Henri Lu氏(ブリガム・アンド・ウィミンズ病院、米国)である。8月30日からロンドン(英国)で開催された欧州心臓病学会(ESC)学術集会にて報告した。
同検討でもやはり、アジア人HF例のCV転帰は白人よりも有意に増悪していた。
今回解析されたのは、二重盲検RCT“PARADIGM-HF"と"PARAGON-HF"である。どちらも対象は症候性HFだが、前者は「EF<40%」、後者は「EF>45%」のみだった。またいずれもサクビトリル・バルサルタン(ARNi)の有用性が検討されたが、対照薬は前者がACE阻害薬、後者はARBである。いずれにせよ、全例がレニン・アンジオテンシン(RA)系を最大限に抑制されていた形である。
患者総数は1万2097例、56カ国から登録された。うち78.1%は白人だったが、アジア人も17.5%(2116例)を占めた(黒人は4.4%)。
これら1万2097例で「CV死亡・HF初回入院」の発生リスクを人種別に比較した。「CV死亡・HF初回入院」はPARADIGM-HF試験における1次評価項目である(PARAGON-HF試験では「HF再入院」も含まれた)。
・人種別「CV死亡・HF初回入院」
観察期間中央値2.4年間の「CV死亡・HF初回入院」発生率は、白人「9.9/100人年」に対し、アジア人は「12.0/100人年」、黒人は「16.4/100人年」だった。背景因子のばらつきを補正後、対「白人」の「CV死亡・HF初回入院」ハザード比は、アジア人で1.32(95%CI:1.18-1.47)、黒人で1.68(同:1.42-1.98)と、いずれも有意に高値となっていた。
・ARNi vs. RAS-i
一方、対照群であるRA系阻害薬(RAS-i)と比べた、ARNiによる「CV死亡・HF初回入院」抑制作用は、どの人種でも同様だった(人種の影響を受けず)。同様に、ARNi群とRAS-i群における有害事象発現率も、人種の差を受けなかった。
すなわち「血清クレアチニン上昇」や「高カリウム血症」「重篤血管浮腫」の発現は人種を問わずARNi群とRAS-i群間に差はなく、また症候性低血圧はARNi群で多い傾向があったが、これはどの人種でも同様だった。
以上のように、全員がRA系を抑制されながらも、人種により「CV死亡・HF初回入院」発生リスクに有意差が認められた。この理由としてLu氏は、背景因子を補正しきれていない可能性を挙げた。併存症/既往症は言うに及ばず、医療へのアクセスなど社会的環境の違いが影響を与えているというのである。遺伝上の違いはさほど影響していないというのが、同氏のスタンスだ。
一方、HFに対するRAS-iの有用性を検討した初期のRCTからは、黒人におけるRAS-iのCV転帰改善作用減弱が報告されている(V-HeFT Ⅱ、SOLVD)。しかしLu氏たちは報告と同時に公表された論文において、近時のRCTメタ解析[Shen Li, et al. 2024]がそのような可能性に疑問を投げかけていると反論する。ただし同メタ解析においても、白人HF例ではRAS-iにより「CV死亡・HF初回入院」リスクが有意に低下するのに対し、黒人では有意低下を認めない。また絶対リスク減少幅も白人の「4.0/100人年」に対し黒人は「2.8/100人年」だった。
高血圧の世界では白人と黒人で成因や病態に差があり、至適治療薬も異なるとされてきた。日本人の高血圧はこれら両者の中間だという専門家も存在した。慢性HFでもそのような差がある可能性はないのだろうか。
PARADIGM-HF試験とPARAGON-HF試験はNovartis社から資金提供を受けて実施された。今回の解析についての利益相反は開示がなかった。また本研究は報告と同時にJACC Heart Fail誌ウェブサイトで公開された。