前庭性片頭痛(vestibular migraine)は,片頭痛に伴って生じるめまいであり,国際頭痛分類第3版1)に診断基準が掲載されている。片頭痛は日本人の有病率が8.4%と高く,前庭性片頭痛はその約10%と推定され,めまいを訴える患者の中でも非常に多い疾患である。しかし,頭痛とめまいは発作が同時でない症例も多いため,患者は耳鼻科受診時に頭痛を訴えないケースも多く,他のめまい疾患として治療を受けている症例も少なくない。
前庭性片頭痛の発作時には,めまいに対してはベタヒスチンなどの一般めまい治療,頭痛に対してはトリプタン製剤などの片頭痛治療に準じる。また,片頭痛の予防治療によりめまいも改善するケースが多く,ロメリジンなどのCa拮抗薬やバルプロ酸ナトリウムなどの抗てんかん薬も使用される。最近多く使用されるようになっているCGRP関連抗体薬も前庭性片頭痛の予防効果が期待される2)。しかし,片頭痛は若い女性が多いにもかかわらず,ロメリジンやバルプロ酸ナトリウムは妊婦には禁忌である。トピラマートも片頭痛予防は保険適応外であり,妊婦に投与することは躊躇される。CGRP関連抗体薬は禁忌ではないが,高額であり,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与可能となっている。そのため,比較的安全な漢方薬での予防治療が望まれることも多い。
片頭痛の漢方治療では,頭痛の原因となっている気・血の流れを乱す冷えを取り除く処方として呉茱萸湯がよく使用されるが,めまいが目立たない場合に使用されるのが一般的である。片頭痛は,本症例のように気温や気圧が急激に変化すると悪化を来すことが多く,気象病の1つとも考えられている。めまいを合併しているケースは水毒が強く,本症例では利水作用のある五苓散の投与で症状の改善がみられた。また,女性患者の多くは,冷えや月経周期に関連して頭痛が起こることを自覚しており,月経関連片頭痛と前庭性片頭痛が混在する場合は,補血と利水作用のある当帰芍薬散を検討する。冷えや,食欲が落ち体力が低下している脾気虚を伴う場合は半夏白朮天麻湯を検討する。頭痛やめまいに加えて,動悸やのぼせ,身体動揺感など水毒と気逆がある場合は苓桂朮甘湯を用いるとよい。
その他の耳性めまいでも上気道炎後にめまいを発症した前庭神経炎には柴苓湯が使用される。
脳梗塞などの脳血管障害や,パーキンソン病・脊髄小脳変性症などの神経変性疾患によるめまいは立ちくらみやふらつきが起こる非回転性めまいが多い。脳梗塞後めまいには真武湯や釣藤散が,血虚との関連性が高いとされる神経変性疾患によるめまいには当帰芍薬散や十全大補湯などが使用される。