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「健康寿命の延伸」と同時に目を向けるべきもの [お茶の水だより]

No.4746 (2015年04月11日発行) P.9

登録日: 2015-04-11

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▼「健康寿命の延伸」という言葉を耳にするようになって久しい。3年目を迎えた国民健康づくり運動「健康日本21(第二次)」は、目標に健康寿命の延伸と健康格差縮小を据えている。昨夏に閣議決定された政府の「健康・医療戦略」でも、健康寿命の延伸と経済成長に寄与する医療産業の創出が柱とされた。日本医師会の横倉義武会長も、先月開かれた日医代議員会の開会の挨拶で「かかりつけ医による健康寿命の延伸」を強調するなど、ここ1、2年、重要なキーワードとしてこの言葉を掲げている。
▼政府が健康寿命を延ばそうとする背景には、増え続ける医療費を抑制しようという思惑もあるのは言うまでもない。だが、予防や健康増進活動が医療費節減に結びつくという効果は確認されていないことを、日本福祉大学学長の二木立氏は弊誌4712号で指摘している。もちろん健康寿命を延ばすことは医療に課せられた使命であり、これまで医療はそれを果たすべく努力してきた。しかし、高齢者医療においてもう一つ大事なものが軽視されていないか。
▼「健康寿命の延伸」という言葉を体現する高齢者には、プロスキーヤーで冒険家の三浦雄一郎さんが当てはまるだろう。三浦さんは80歳でエベレストに3度目の登頂を達成し、世界最高齢登頂記録を塗り替えた。三浦さんの活躍は素晴らしい。だが、現実的には誰もが三浦さんのような高齢者像に近づけるわけではないし、目指すべきとも思えない。
▼神学者ニーバーが作者であるとされ、「ニーバーの祈り」と呼ばれる次のような言葉がある。「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を、変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを、そして両者を識別する知恵を与えたまえ」。ニーバーの祈りの言葉を借りるなら、変えることのできるもの(=健康寿命)を変えること(=延ばすこと)と同じくらい、「変えることのできないものを受け入れること」、つまり終末期を含めた多様な高齢者のあり方を支援することが超高齢社会の日本ではいっそう重要だ。
▼もっとも、例えば救急医療における高齢者の延命治療の問題一つとっても、「変えることのできるもの」と「変えることのできないもの」の境界は曖昧で個別性が高く、医療者の知恵を結集する必要がある。健康寿命の延伸と車の両輪である「変えられないものを受け入れること」にもっと目が向けられるようになった時、解決に近づく問題も多いのではないか。

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