▼iPS細胞から作成した網膜細胞を移植する世界初の臨床研究を進める、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーのお話を聴く機会が先日あった。日本医療研究開発機構(AMED)が開催した患者向けのトークイベントだ。発言は医療と社会のあり方にも及ぶ、示唆に富んだ内容だった。
▼高橋氏は、視覚を失った患者が医療と福祉の谷間に陥る問題や、心のケアが必要な患者のために心理カウンセラーを配置したことを紹介。患者に福祉が必要と判断できる唯一の立場にある医師が「もう少し福祉に関心を持つ必要がある」と述べた。一方、疲弊した医療現場の状況にも触れ、「何でも医療に頼るのは間違っている。患者さんは自分の病気について学ぶ努力をすべき」と指摘。現在は「医療が病院に閉じこもっている。もっと開放しないといけない」と、社会全体での取り組みが必要との見方を示した。
▼自身の研究については飛行機の歴史に例え、今はいわばライト兄弟が有人飛行に成功した段階と説明。研究の効果や安全性に対し多大なコストが掛かることへの批判があるが、一般の人が安全な飛行機旅行を気軽に楽しめるようになるまで数十年かかったのと同様、研究の効果や安全性がコストを大きく上回るには歳月を要することを訴えた。それまでの間、一刻も早い臨床応用を目指すと同時に、患者の生活を支えるリハビリにも力を入れる考えだ。2017年の開設に向け、現在準備を進める「神戸アイセンター」は、研究拠点としての役割だけでなく、リハビリの機能も併せ持つ。
▼「目の前の患者さんが笑っていないと嫌。笑顔にするために医療をやっている」と語る高橋氏の表情に、iPS細胞による「空の旅」の恩恵を多くの人が享受する日はそう遠くないと感じた。