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鉄剤に反応しない鉄欠乏性貧血の鑑別診断と診療方針

No.4750 (2015年05月09日発行) P.52

川端 浩 (京都大学大学院医学研究科 血液・腫瘍内科学講師)

登録日: 2015-05-09

最終更新日: 2018-11-27

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【Q】

鉄欠乏性貧血と診断して治療しても無効なことが稀にあります。誤診,あるいは併存症など,いろいろな場合があるようですが,鑑別診断のコツ,その後の診療方針についてご教示下さい。
最近の鉄代謝に関する知見の進歩によって,このような場合の考え方,診療法に変化はあるのでしょうか。京都大学・川端 浩先生にご回答をお願いします。
【質問者】
塚崎邦弘:国立がん研究センター東病院血液腫瘍科科長

【A】

私も経口鉄剤の投与にもかかわらず良くならない鉄欠乏性貧血の患者さんを,少なからず経験します。このような場合に考えるべきポイントを挙げてみます。
鉄剤を処方していても鉄欠乏性貧血がなかなか改善しない場合,最も多い原因は薬剤コンプライアンスの不良,つまり悪心などのために,きちんと内服されていないケースです。この場合,患者さんの話を聞きながら,製剤を変更したり,量を加減したり,内服する時間を夕食後に変更したりして,コンプライアンスの改善が図れないかどうか相談します。私は,内服がどうしても困難な場合や炎症性腸疾患,人工透析患者などの場合に限り,静注鉄剤を使用しています。
もちろん,鉄剤をきちんと内服していても,入る量と同じくらい出ていく量が多ければ貧血は改善しません。また,妊娠・授乳中,運動選手,成長期では,鉄の需要が増大します。鉄欠乏性貧血の原因で最も多いのは月経による出血ですが,消化管の腫瘍,潰瘍,大腸憩室なども考えられます。わが国では少ないのですが,消化管の寄生虫症も鉄欠乏性貧血の原因になります。鉄剤に反応しない場合は,こういった出血性の婦人科疾患や消化器疾患の精査を行います。稀にみられる原因に,ミュンヒハウゼン症候群という精神疾患があります。隠れた自己瀉血による貧血で,医療関係者に多いとされています。
案外知られていないのが,萎縮性胃炎による鉄欠乏性貧血です。自己免疫性萎縮性胃炎では,内因子の欠如のためにビタミンB12 が回腸から吸収されず,悪性貧血を起こすことがよく知られていますが,実は胃酸分泌の低下のために十二指腸からの鉄の吸収率も低下しており,鉄欠乏性貧血の原因にもなります。
また,萎縮性胃炎では慢性甲状腺炎を合併することも多く,こちらも貧血の原因になるので,甲状腺ホルモンの検査も行います。ヘリコバクター・ピロリ菌の感染による萎縮性胃炎でも,胃液の組成変化によって鉄の吸収障害をきたします。この場合には,除菌によって貧血の改善が期待できます。
当科にご紹介頂く鉄剤不応性の貧血患者さんの中には,血清鉄の低下だけで鉄欠乏性と診断されている場合があります。血清鉄の低下は慢性炎症による貧血でもみられます。炎症性の貧血でも静注鉄剤投与で多少の貧血の改善がみられますが,むしろ危険な鉄過剰症を引き起こすこともあるので注意が必要です。炎症性の貧血では血清フェリチン値は低下しないので,鉄欠乏の診断には必ず血清フェリチン値を確認します。
最近,TMPRSS6(マトリプターゼ2という膜型セリンプロテアーゼをコードする遺伝子)の先天的な変異による,鉄剤不応性鉄欠乏性貧血(iron refractory iron deficiency anemia:IRIDA)という疾患が見つかりました。わが国からの報告もあります。
この疾患では,マトリプターゼ2が働かないために,鉄代謝制御ホルモンであるヘプシジンの産生が亢進しており,炎症性の貧血によく似た小球性・低色素性の貧血を呈します。すなわち,血清鉄は低下しますが,血清フェリチン値の低下はみられません。炎症反応は陰性です。「鉄剤不応性」という名前がついていますが,経静脈的あるいは経口の鉄剤にある程度は反応するようです。

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