【Q】
C型肝炎による肝硬変患者で,食道静脈瘤や腹水がみられます。血清総ビリルビン値が5mg/dLを超え,プロトロンビンテストが40%未満に低下しており,内科的治療での改善が期待できない病状です。そのため,肝移植が治療の一選択肢となると考えられ,脳死肝移植と生体肝移植を考慮しています。しかし,生体肝移植を予定した場合,患者本人の血液型がA型,生体ドナー候補の親族の血液型がB型およびAB型で,血液型不適合肝移植となります。そこで,血液型不適合生体肝移植の成績,問題点やその対策,注意点について,東京女子医科大学・江川裕人先生のご教示をお願いします。
【質問者】
久保正二:大阪市立大学大学院医学研究科肝胆膵外科学病院教授
【A】
わが国では成人の脳死肝移植の場合,血液型不適合の移植は行っていませんが,生体肝移植では2012年集計で全体の11%が不適合移植でした。その成績は,2005年以降は1年生存率75%で,一致や適合より5%劣ります。
わが国では,不適合移植における免疫抑制療法はほぼ標準的な方法が確立されています。最も重要な薬剤が抗CD20抗体であるリツキシマブ(リツキサンR )です。リンパ腫では375mg/m2 を複数回使用しますが,肝移植では1~2回を,可能であれば移植より2週間前に1回目の投与を行います。投与量は原則375mg/m2 ですが,患者さんの全身状態を勘案し減量しているのが現状です。
CD19で末梢血中B細胞数が低下していることを確認します。さらに移植の4~5日前からタクロリムス(プログラフR)とミコフェノール酸モフェチル(セルセプトR)を開始します。抗体価が高い場合AB型の凍結血漿で血漿交換をしますが,最近は次第に行われなくなっています。肝移植では相当量の出血があり,それにより抗体価が低下します。脾臓摘出の有用性は結論が出ていません。術前抗体価が高い症例は脾臓摘出が勧められます。
術後の免疫抑制は,プログラフとセルセプトとステロイドを使用し,そのレベルは特に強化はしません。予防抗菌薬も3日で終了します。一方,抗真菌薬は予防的にミカファンギンを2週間使用します。サイトメガロウイルス感染が起こりやすいので,週2~3回アンチゲネミアで監視します。抗体価は,初めの2週間はできれば毎日,その後は週1~2回測定します。10日上昇しなければまず上昇しませんので,頻度を下げてよいでしょう。
リツキシマブを使用するようになって,術後7日前後に肝壊死に陥る重症の抗体関連拒絶はほぼ起きなくなっていますが,胆管硬化型の抗体関連拒絶は1カ月当たり5%の頻度で報告されています。いずれもグラフトロスにつながり,救命することはまず不可能です。
血液型不適合における抗体関連拒絶の本態は内皮炎による循環障害です。そこで,門脈領域の浮腫を伴う壊死や微小な肝動脈内血栓を術後7日前後の肝生検で確認することができれば,免疫抑制強化や免疫グロブリン大量投与や血漿交換により救命することができます。通常,2週間エピソードが起きなければ抗体関連拒絶は起きません。ただし,血液型抗原と細菌の膜表面の糖蛋白の間に交差抗原があり,感染症のあとで突然血液型抗体が産生されるという報告がありますので,免疫抑制を強化することより感染症を防ぐことが重要です。
最近,学会発表で,「術前抗体価が低いのでリツキシマブを使用しなかった」という発言を耳にします。私はリツキシマブを使いはじめた頃にその決断をし,2週間で肝壊死により患者さんを失いました。「術前抗体価が高いと術後抗体が上がるリスクは高いが,低いからといって上がらないという保証はできない」ことを肝に銘じてください。
リツキシマブを使用することがC型肝炎や肝癌の再発に影響しないかどうかについて,詳細は省きますが,C型肝炎の線維化の進行には影響がなく,ミラノ基準内の肝癌では,リツキシマブ使用群で生存率,無再発生存率とも有意に優れていました。