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第一・第二鰓弓症候群における口唇偏位の治療方針

No.4765 (2015年08月22日発行) P.55

多久嶋亮彦 (杏林大学医学部形成外科教授)

登録日: 2015-08-22

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

第一・第二鰓弓症候群(hemifacial microsomia:HFM)の中で,顔面神経の下顎縁枝の麻痺により,しばしば口唇の偏位を生じる患者さんがいます。両親は早い時期の治療を希望することが多いものの,正直なところ有効な手技がなく,苦慮しているのが現状です。健側の神経切断がしばしば推奨されていますが,一時的な効果のみで,再発率が高く,また何より形成外科医にとってはある意味,敗北の手術と言わざるをえません。神経移植などの報告例はありますが,そこまで踏み切ってもどこまで効果があるか不明で,今のところ経験がありません。
このような口唇偏位の治療方針について,杏林大学・多久嶋亮彦先生のお考えをご教示下さい。
【質問者】
四ツ柳高敏:札幌医科大学附属病院形成外科教授

【A】

まず症候性ではない先天性顔面神経麻痺について述べさせて頂きます。
先天性顔面神経麻痺には,神経原性のものと筋原性のものが混在しているとされています。神経原性のものであれば,生後数カ月以内に神経移植を行えば,表情筋の再支配が行われる可能性がありますが,このような手術を乳児期に行うことは非現実的であると言わざるをえません。神経移植の報告が,かなり以前に1施設からあったのみであるのはこのためかと思われます。
神経原性の麻痺であっても,生後1年もすれば下唇下制筋などは萎縮すると思われますので,筋原性の麻痺と同様に,理論的には下口唇が動くようにするためにはここに何らかの筋肉を移行,あるいは移植するしかありません。しかし,下口唇に筋肉移植を行った場合,思ったほどの大きな動きは得られにくく,下顎のフェースラインが筋肉によって膨らむため,小顔が好まれる昨今では,筋肉移植の適応はあまりないと思います。また,幼小児期から成長期にかけてフェースラインは大きく変化しますので,その意味においても幼小児期に筋肉移植を行うことはためらわれます。完全麻痺の症例に対する頬部部への筋肉移植術が小児期から積極的に行われていることとは対照的です。
一方,HFMの症状は多岐にわたりますが,顔面神経麻痺は,軟部組織の低形成,耳介形態異常との関連性が高く,下顎骨の低形成は軽度であることが多いとされています。頬部の軟部組織低形成に対して遊離軟部組織移植が適応であれば,頬部部への組織移植と同時に下口唇に筋肉移植を行う,あるいは下顎骨の低形成部分を含めてボリュームアップの材料として下口唇に筋肉移植を行うことは意義あることと考えます。そして,手術時期としては顔面全体の形態改善を考えると,幼小児期に積極的に行ってもよいかと思います。
手術の注意点としては,経験的にHFM患者では移植床動静脈のうち,特に静脈が低形成のことが多い点が挙げられます。また,小耳症を合併している場合は,将来的な肋軟骨移植を邪魔しないように耳前部の切開部位を考慮する必要があるという点にも注意が必要です。
では,HFM患者ではあるものの,小耳症と下口唇麻痺があるのみで軟部組織・下顎骨の低形成がほとんどないような症例に対してはどうでしょうか。筋肉移植はやはりoverindicationと考えますので,患側への筋膜移植による静的再建,あるいは健側の選択的神経切断,選択的筋切除となります。
このうち,神経切断は質問者のご指摘通り,結果が一定していませんので,私たちは筋切除を選択しています。患側への筋膜移植か,健側の筋切除かは判断に悩むところですが,健側の下口唇の動きが大きい患者さんに対しては健側下唇下制筋の切除を行い,動きが比較的小さい患者さんには患側への筋膜移植がよいのではないかと考えています。
筋切除術の注意点としては,オトガイ神経を損傷しないようにすることと,筋切除による陥凹変形が生じる恐れがある場合は脂肪組織移植などを行う必要があることです。顔面全体の形態異常があまりなく,下口唇麻痺だけが目立つ症状であれば,前述したように,幼小児期には目立っていても,しだいに目立たなくなるので,手術は成長期を終えてから行うほうがよいのではないかと思います。
以上をまとめると,(1)HFMにおいて,軟部組織のボリュームアップが必要な場合は,幼小児期から積極的に下口唇麻痺に対して筋肉移植を行う。(2)HFMであっても,下口唇麻痺のみが目立つ症状である場合は,成長期を終えてから患側への筋膜移植による静的再建か,健側の選択的筋切除を行う。これが現在,私が考えている治療方針です。

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