【Q】
(1)乳癌手術によって乳輪乳頭を切除された症例では,時として乳輪が残存する
ことがあり,患者さんは意外に気にされるようです。特に乳輪周囲のボケた部分が集まると,かなり濃く,あたかも傷の色素沈着のように見えることがあります。これは再度切除する以外に方法はないのでしょうか,それとも軟膏で治る可能性はあるのでしょうか。
(2) 術後にガーゼをテープで留めている部分がテープかぶれになって,シミのように色素沈着として残ってしまうことがあります。これは自然治癒しますか。
以上,葛西形成外科・葛西健一郎先生のご教示をお願いします。
【質問者】
岩平佳子:ブレストサージャリークリニック院長
【A】
(1)乳輪由来皮膚の色素
皮膚の色素沈着について考える場合には,その細胞が元来持っている色素産生能の大小と,ホルモンや外的刺激などの一過性に作用している因子の影響を,それぞれわけて考える必要があります。
たとえば,手に鼠径部の皮膚を植皮した場合には,生涯その皮膚は多くのメラニン色素を産生し続けて,手の皮膚と同じ色になることはありません。これは,手の皮膚と鼠径部の皮膚の色素産生能が本来的に異なるからだと考えられます。手に植皮された鼠径部の皮膚が,鼠径部にあったときよりも濃い色をしているのは,手という部位は鼠径部よりも外的刺激が多いから過刺激性の炎症性色素沈着が生じているからだと考えれば矛盾なく説明できます。鼠径部から来た皮膚の色素沈着を薬剤やレーザーなどで治療すると,一時的に多少薄くなることはあっても根本的に治すことは不可能で,結局は足底皮膚を用いて再植皮するしかありません。
ご質問の,乳輪由来の皮膚が他の胸部皮膚より色素が濃いという問題は,乳輪皮膚の色素産生能が本来的に普通の胸部皮膚の色素産生能より高いことが原因です。それが薬剤やレーザーなどで治ることは考えられません。早めに切除するのがよいと思います。
(2)皮膚の色素沈着
一方,皮膚の色素産生の度合いは,いろいろな要因で増強・減弱されます。妊娠時やアジソン病など,ホルモン分泌の影響によって色素増強が起こりますが,そのホルモンが正常化すれば,皮膚の色も元に戻ります。熱傷や外傷のあとにも色素増強が起こりますが,これは広い意味での炎症後色素沈着(post-inflammatory hyperpigmentation:PIH)と呼ばれる状態です。
皮膚が変質して瘢痕になってしまうとその皮膚の変化は元に戻りませんが,PIHの状態はあくまでも一過性の変化ですから,原因となる炎症が消退すればその一定期間後に必ず元に戻ります。元に戻るまでの期間はPIHの程度や個人差によりますが,おおむね顔で半年,上肢や体幹で1年,下肢で3年程度と考えられます。ただし,炎症が遷延した場合にはその消退も遷延しますので,炎症を早く沈静化させることが重要です。
PIHに対して,レーザーや外用薬を用いて,早く軽減させようという治療がしばしば施行されますが,私は反対の意見です。ハイドロキノンなどの薬剤は,色素を早く軽減する効果が期待できる反面,炎症を惹起してPIHを遷延化させる危険性もあるのです。それよりも,患者さんにはあらゆる美白剤などの使用を禁じ,患部をこすらない・刺激しないように警告しながら毎月通院だけしてもらうという方法を行っています。
良い方法がないから手をこまねいて何もしないのではなく,積極的に患者さんの日常生活にまで介入しながら患部を何もしないでそっとしておくという意味で,これを「PIHに対する積極的無治療」と呼んでいます。
ご質問の,テープかぶれのあとが色素沈着になったという状態は典型的なPIHであり,かぶれが治れば胸部の場合1年程度で必ず消退します。私なら「積極的無治療」を施行します。外用薬やレーザーなどの治療を行うのが間違いとは言えませんが,患部の炎症を遷延させるとPIHの消退も遷延しますので,十分ご注意下さい。