【Q】
スタチンによるLDLコレステロール低下療法により,心血管疾患の発症リスクを約30%抑えられることが明らかになっている一方で,その残存リスクも重要視されています。そこで,善玉脂質と考えられているHDLに着目した治療が注目されており,その中でも人工的なHDLを用いることで動脈硬化を治療する取り組みがあると聞きました。この人工HDLの開発状況について,福岡大学・上原吉就先生のご教示をお願いします。
【質問者】
小倉正恒:国立循環器病研究センター研究所病態代謝部
【A】
(1)注目されるHDL標的治療
これまでの多くの疫学研究では,HDLコレステロール(HDL-C)の低値が心血管病リスクを増加させ,LDLコレステロール(LDL-C)とは独立した危険因子であることが示されています。
スタチンは強力なLDL-C低下作用を持ち,多くの前向き臨床試験において心血管病リスクを30~40%抑えることが証明されており,今日の心血管病に対する標準的治療となっています。しかしその一方で,スタチンを服用しているにもかかわらず心血管イベントを発症してしまう人が多いことも事実です。そのため,LDL-C低下療法とは別に善玉のHDLを標的とした治療が注目されてきています。
(2)CETP阻害薬
現在のところ,HDL-Cを強力に上昇させる薬としてはコレステリルエステル転送蛋白(cholesteryl ester transfer protein:CETP)阻害薬が最も臨床応用に近くなっています。同薬はCETPを阻害することでHDL中のコレステロール量を多く保つため,HDL-Cレベルを15~150%と強力に増加させる作用を持つものの,残念ながらこれまでの臨床試験においては心血管イベントの抑制効果は示されていません。
(3)人工HDL
CETPを阻害してHDL-Cレベルを増加させるという方法のほかに,人工HDLの研究も精力的に行われています。人工HDLはリン脂質などの脂質成分とHDLの主蛋白であるアポリポ蛋白(アポ)A-Ⅰやその変異体および類似したペプチドを用いて人工的につくり出されたHDLのことを指しています。世界中でこれまでに数種類の人工HDLが合成されていますが,特にアポA-Ⅰの変異体であるアポA-ⅠMilanoは米国において,すでに臨床応用されています。
このアポA-ⅠMilano/リン脂質複合体(ETC-216)を急性冠症候群患者に投与すると,冠動脈プラークの有意な退縮作用が認められます。しかし,活性型のアポA-Ⅰは243アミノ酸から構成される分子量の非常に大きな蛋白質で,治療薬としての実用性に乏しく,またアポA-Ⅰや類似ペプチドとリン脂質複合体である人工HDLは強い細胞内コレステロールの引き抜き作用を持つ反面,非生理的なコレステロール引き抜き作用を持っています。
(4)新規ペプチドFAMP
筆者らは,より生理的なHDL標的治療をめざすために,リン脂質を含有していないペプチド単体で,かつ生体内に投与することでHDLを自己形成できる新規のアポA-Ⅰ類似ペプチドの開発を行ってきました。これまでの研究成果から,生理的にHDL新生時に関わるABCA1に依存してHDLを自己形成できる24アミノ酸から構成される新規のペプチド(Fukuoka apoA-Ⅰ mimetic peptide:FAMP)の開発に成功しています。
このFAMPを動脈硬化マウスに16週間投与すると,有意かつ顕著に大動脈プラークが退縮することが明らかになっています。このマウスでは予想に反してHDL-Cレベルの上昇を認めていませんが,HDLの小粒子化が生じるとともにHDLのコレステロール引き抜き能が有意に増加するといった,HDLの質的な改善作用が明らかになっています。
HDL標的治療の中にはHDL-Cレベルを上昇させるものから変化させないものまで,様々な特徴が認められています。重要なことは,HDL-CレベルにかかわらずHDLの質的な向上が伴っているか否かという点であり,そういった面からも,人工HDLは有望視されている治療法のひとつと考えられています。