【Q】
非弁膜症性心房細動(nonvalvular atrial fibrillation:NVAF)における脳梗塞のリスク評価法CHA2DS2-VAScでの「女性」という項目は,リスクとしてカウントすべきでしょうか。それともリスクではないのでしょうか。弘前大学・奥村 謙先生のご教示をお願いします。
【質問者】
矢坂正弘:国立病院機構九州医療センター 脳血管・神経内科科長
【A】
わが国では,「女性」はNVAFにおける脳梗塞発症のリスクとはなりません。
NVAFにおいて,「女性」が脳梗塞/全身塞栓症のリスクとなるかどうか,わが国だけでなく欧米でも議論のあるところです。
「女性」がリスクとして認識されはじめたのは1990年代の5つの臨床研究のメタ解析の頃からで,女性の脳梗塞発症の相対リスク比が1.2(95%CI:0.80~1.8)と,有意ではないものの男性より高いことが示されました(文献1)。その後,米国の代表的疫学研究のFramingham Heart Studyでは,NV
AF女性の脳梗塞発症リスクのハザード比は1.73(1.16~2.59)で(多変量解析),「女性」が有意なリスクであることが示されました(文献2)。さらに米国のATRIA研究(文献3)や欧州のEuro Heart Survey(文献4)でも女性のリスクは有意に高く,Euro Heart Surveyではオッズ比が2.53(1.08~5.28)と相当に高いことが示されました。これらを背景として,欧州心臓病学会(ESC)は「女性(sex category:Sc)」をリスク(1点)としたCHA2DS2-VAScスコアを提唱しました。
一方,違った解析結果も報告されています。デンマークの50~64歳のNVAF例(2895例)を平均5年間追跡した前向き研究Diet, Cancer and Health studyの結果では,女性の血栓塞栓症リスクのハザード比は0.77(0.55~1.13)で,むしろリスクは低いことが示されました(文献5)。興味深いのは隣国スウェーデンの10万802例を対象とした解析では,全体ではNVAF女性の脳梗塞発症リスクのハザード比が1.18(1.12~1.24)と有意に高かったことです(文献6)。ただし年齢別に見ると,65歳未満では1.10(0.86~1.41)と高くはなく,75歳以上でのみ1.23(1.17~1.30)と有意に高くなることが示されました。つまり若年女性はリスクとならず,75歳以上と高齢であればリスクとなるのかもしれません。
では,わが国ではどうでしょうか。私たちのワルファリン服用および非服用のNVAF例(7406例)を対象としたJ-RHYTHM Registryの解析結果では,2年間の血栓塞栓症発症率は男性が1.8%,女性が1.6%で,むしろ男性のほうがリスクが高いという結果でした〔男性のオッズ比は1.24(0.83~1.86)〕(文献7)。
最近,私たちはワルファリン非服用のNVAF例(997例)について検討を加えましたが,女性の血栓塞栓症発症のオッズ比は0.72(0.28~1.62)で,年齢別にみると75歳未満が0.45(0.07~1.64),75歳以上が0.78(0.24~2.26)で,女性は年齢に関係なくリスクとならないことが示されました(文献8)。J-RHYTHM Registryに登録されたワルファリン非服用NVAF例の平均年齢は67.8歳で,一方,リアルワールドのNVAF例はより高齢であって,必ずしも実態を反映していない可能性があります。そこで,J-RHYTHM Registry(1002例),Shinken Database(1099例,平均61.4歳),そして,より高齢者が登録されたFushimi AF Registry(1487例,平均73.2歳)のワルファリン非服用NVAF例を統合して解析すると(合計3588例),女性の脳梗塞発症リスクのハザード比は1.07(0.65~1.76)で有意なリスクではないことが示されました(文献9)。
以上の解析結果より,わが国では,「女性」はN
VAFにおける脳梗塞発症のリスクとはならないと言えます。ただ,高齢になればなるほど女性の割合は増加し,高年齢が最も重要なリスクであることを考慮すると,超高齢女性が有意なリスクとなる可能性は否定できません。しかしながら,CHA2 DS2 -VAScスコアではA2 で示されるように「75歳以上」が2点とハイリスクにカウントされており,あえて「女性」をリスクとしてカウントする必要はないと考えます。
ちなみに,カナダ心臓血管学会の最新ガイドライン(文献10)もわが国と同様に「女性」をリスクとしてカウントしていません。
1) Arch Intern Med. 1994;154(13):1449-57.
2) Wang TJ, et al:JAMA. 2003;290(8):1049-56.
3) Fang MC, et al:Circulation. 2005;112(12):1687-91.
4) Lip GY, et al:Chest. 2010;137(2):263-72.
5) Overvad TF, et al:Thromb Haemost. 2014;112(4):789-95.
6) Friberg L, et al:BMJ. 2012;344:e3522.
7) Inoue H, et al:Am J Cardiol. 2014;113(6):957-62.
8) Tomita H, et al:Circ J. 2015;79(8):1719-26.
9) Suzuki S, et al:Circ J. 2015;79(2):432-8.
10) Verma A, et al:Can J Cardiol. 2014;30(10):1114-30.