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多発性嚢胞腎の治療【初の治療薬であるトルバプタンが2014年にわが国で承認】

No.4804 (2016年05月21日発行) P.56

林 宏樹 (藤田保健衛生大学医学部腎内科学)

登録日: 2016-05-21

最終更新日: 2016-10-25

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【Q】

多発性嚢胞腎は最も頻度の高い遺伝性腎疾患であり,わが国には3万人の患者がいると言われています。これまで特別な治療法はありませんでしたが,2014年,世界に先駆けて利尿薬のひとつであるトルバプタンが保険適用になりました。2015年1月からは指定難病になっています。多発性嚢胞腎を正しく診断し,適切な時期に適切な治療を行うことが重要だと思います。多発性嚢胞腎の診断・治療のコツや注意点をご教示下さい。藤田保健衛生大学・林 宏樹先生にお願いします。
【質問者】
丸山彰一:名古屋大学医学部附属病院腎臓内科教授

【A】

常染色体優性多発性嚢胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease:ADPKD)は最も多い遺伝性腎疾患であり,両腎に無数の嚢胞が進行性に発生・増大し,60歳までに約半数が末期腎不全に至ります。診断の第一歩は家族歴の聴取で,家族内発生がある場合,両腎に多発する嚢胞が確認できれば診断は容易です。孤発例は5%にすぎないのですが,家族歴の把握が困難な場合もあり,実際には約1/4の症例で確認ができません。その場合でも診断基準に従い,画像所見に加えていくつかの腎嚢胞性疾患が除外されれば診断可能です。
ADPKD診療はパラダイムシフトを迎えています。これまでは,高血圧や脳動脈瘤などの合併症に対する治療を行うほかなかったのですが,国際共同臨床試験(TEMPO3/4試験)で,バソプレシンV2 受容体阻害薬であるトルバプタン(サムスカR )が,腎容積増加と腎機能低下を抑制することが示されました。そして,初のADPKD治療薬として,2014年に世界に先駆けてわが国で承認されました。さらに,高額な治療費がトルバプタン導入の障壁でしたが,2015年1月より本疾患が指定難病に認定され,一定の重症度基準を満たす場合に医療費の助成対象となったのです。トルバプタン治療の適応となるのは,「腎容積750mL以上かつ腎容積増大速度5%/年以上」の症例です。CrやeGFR値でなく腎容積を治療適応や効果判定に用いるのは,ADPKDでは嚢胞の増大に伴い腎実質が減少するものの,残存ネフロンの代償により多くの場合,腎腫大が顕著になるまで腎機能が正常に保たれるからです。
トルバプタンは水利尿薬として,心性浮腫には~15mg/日,肝性浮腫には~7.5mg/日での治療実績がありますが,ADPKDに対する治療量は60~120mg/日と高用量です。そのため,投与を受ける患者は5~8L/日程度の多尿を呈しますが,医療者の予想に反し患者の忍容性は高く,むしろ多尿自体が励みになっているようにさえ感じます。私たちは日々の診療で,多くの慢性疾患治療薬の服薬アドヒアランスが必ずしも高くないことを実感します。その観点からは, 薬理作用をすぐに自覚できる,すなわち服薬が利尿に直結する本薬剤による多尿は,欠点ではなくむしろ利点なのかもしれません。また,多くの患者が近親者の闘病生活に接した経験を持つこともあり,治療の機会を得た患者の期待が非常に高いことも,患者自身の治療への積極的な参加が得られている一因であると思われます。
トルバプタン治療に際し,いくつかの注意点があります。eGFR 15mL/分/1.73m2 未満の患者は,効果が期待できないために禁忌となっています。また,sick dayには休薬するよう指導が必要です。副反応として肝障害が知られていますので,月に1回は血液検査を行い,肝機能障害出現時には減量・中止を検討する必要があります。
トルバプタンによるADPKDの治癒は望めませんが,末期腎不全への移行を遅延させることが可能になりました。腎臓専門医として,できるだけ多くのADPKD患者に早期介入の機会を提示すべく,医療者,患者に対し啓発を行うことの必要性を痛感しています。

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