◉腎機能はLong term eGFR plot(LTEP)で見ることが重要
◉透析予防には腎予後不良症例の早期発見・早期介入・多段階介入を
◉LTEPを活用した個別化医療の実践を
◉シスタチンCから推算したeGFRcysの評価法に理解を
◉入院・ADL低下に伴う「eGFRの見かけ上の上昇」に注意
高齢化や生活習慣の変化等により,透析患者数が増加し続けており,2022年末時点で34万7474人と報告されています。透析に至るとQOLが大幅に低下するだけでなく,透析患者数の増加により,約500万円/年/人とされる透析関連医療費の負担が増大し,医療経済的にも大きな問題となります。2022年末の透析患者数から単純計算しても,34万7474人×500万円/年=約1兆7374億円/年となり,透析患者数の増加がこのまま続けば保険制度が破綻するのは目に見えています。このような中,SGLT2阻害薬や非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(mineralo-corticoid receptor antagonist:MRA),GLP-1受容体作動薬等,腎予後改善効果が証明された薬剤が複数上市され,透析患者数増加の抑制が期待されますが1)~5),十分に活用されているとは言えない状況です。この原因として,約2000万人存在すると推計されている透析の前段階である慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)が,透析間際になるまでほとんど症状を認めず,患者側の治療動機が得られにくいことがあります。しかし,医療者側の問題は長らく認知されずにいました。
透析予防のためには,腎機能の現在地を正確に評価する必要があります。腎機能には「糸球体濾過量(glomerular filtration rate:GFR)」と「尿細管機能」がありますが,一般的に「腎機能」というと「GFR」のことを指します。
腎機能の実態は,腎臓に存在するネフロン(糸球体と尿細管で構成される)一つひとつの機能(single nephron GFR)と糸球体数(ネフロン数)の総和です。したがって,糸球体数と個体としてのGFRは相関することになります。糸球体数は出生時が最大で加齢に伴い減少し続けますが,通常は人生を全うするまで個体としての腎機能は生存に問題ない程度に保持されます。しかし,糖尿病や高血圧症,腎疾患等によりその減少速度が速くなると,生存に影響を及ぼすことになります。一度失った糸球体は回復することはなく,腎機能はいったん低下しはじめると直線的に低下し続ける性質があるため,経時的な腎機能低下をいかに早期に発見し,適切な介入を行うかが重要となります。一方,現状の「腎機能観察法」ではその発見が長期間見逃されるリスクが高く,これが透析患者数増加の大きな原因となっています。
腎機能評価法として「血清クレアチニン(SCr)値」が広く使用されてきました。しかし,SCr値は,腎機能が相当低下(≒糸球体数が相当減少)してはじめて上昇しはじめること,直線的に腎機能低下中のSCr値は指数関数的な上昇を示すことから,特に早期の腎機能低下をとらえるには難があります(図1)。
そこで推算糸球体濾過量(estimated glomerular filtration rate:eGFR)が用いられます。eGFRはわが国ではSCr値,年齢,性別から,以下の計算式で求めることができます6)。
eGFR(mL/min/1.73m2)=194×SCr−1.094×年齢−0.287(女性では×0.739)
図1の症例をeGFR値の推移に置き換えると,直線的な下降に置き換えることができます(図2)。このように腎機能の推移を見る際には,SCr値ではなくeGFR値を観察することが望ましいことがわかります。
しかし,ここでもまだ落とし穴があります。実臨床,特に外来診療において,目の前の患者さんの腎機能が安定しているのか,悪化しているのかを判断することが重要です。たとえば,広く活用されるようになった電子カルテで腎機能を時系列で表示したものや,それをグラフ化したものを確認したりして腎機能推移を把握する場合が多いと思われます。
電子カルテの時系列表示・グラフ化において,多くは過去10回程度の検査結果が表示されるため,毎月検査をしていれば1年足らずの期間が表示されることになります。
では図3のような結果であった場合,透析までの期間はどれくらいと判断されるでしょうか。
この症例のeGFR値は45mL/min/1.73m2程度と低下しているものの,ほぼ1年間安定しており,透析は必要ないか,仮に必要でも相当遠い将来ではないかと判断される可能性が高いと思われます。この判断のもと,「現行治療を継続」という判断がなされることとなります。しかし,長期的なeGFR推移を観察すると,実際には図4の通り,急速かつ経時的な腎機能低下の真っただ中で,放置すればわずか3~6年後にeGFR<10mL/min/1.73m2(透析準備を始める頃)に至る見込みであることがわかります。
実際に,本症例はこの約3年後にようやく腎機能低下に気づかれ,腎臓専門医へ紹介となった際には,わずか1~3年後にeGFR<10mL/min/1.73m2に至る見込みでした。この段階に至ると,専門医でも腎予後改善のためにできることは限られ,むしろ安全に透析導入できるよう準備を整えることになるケースが多くなってしまいます。
さらに「腎機能が安定している」との誤認は,特別な1年間のみで起こることではなく,経時的な腎機能低下中のどの1年間を切り取っても,同じ誤認リスクがあることがわかります(図5)。このように,既存の腎機能観察法では,わずか数年後に透析に至る見込みの,経時的に腎機能低下中の症例すら拾い上げることができていなかったことになります。これでは,どんなに腎予後を改善できる薬剤があっても適切に活用されることは期待しにくくなります。
ではなぜ,既存の腎機能観察法では腎予後不良症例に気づくことができなかったのでしょうか。この要因として「eGFR変動」があります。
eGFRは医療者の想定より相当大きく変動していることが少なくなく,3年間以上直線的にeGFR低下中の142人の解析結果から,eGFR変動(図6)は中央値13.5mL/min/1.73m2と大きいことがわかりました7)。たとえば,年間eGFRが5mL/min/1.73m2ずつ低下している症例(rapid decliner,rapid progression)ですら,1~2年間の観察期間では,その期間におけるeGFR低下量が日々の変動幅に埋もれてしまい,認識することが難しいことがわかりました。
eGFR変動中央値13.5mL/min/1.73m2>2年間のeGFR低下量
(=5mL/min/1.73m2/年×2年=10mL/min/1.73m2)
健常人におけるeGFR低下速度(eGFR slope,ΔeGFR)は-0.36~-1.0mL/min/1.73m2/年とされています。たとえば,図5の症例のΔeGFRは-6.6mL/min/1.73m2/年で,いわゆるrapid decliner,rapid progressionですが,eGFR変動が15.4mL/min/1.73m2であり,年間のeGFR低下量(の絶対値)よりもeGFR変動幅のほうがはるかに大きいため,1~2年間のeGFR推移の観察では,その経時的低下に気づくことが困難となります。なお,この症例のeGFR変動は平均的で,特に大きいわけではありません。
eGFR変動が年間のeGFR低下量(の絶対値)よりも大きいために経時的なeGFR低下が長期間見逃されてしまう問題を解決するのが LTEP (Long term eGFR plot)です。
LTEPは「得られるすべてのeGFRの長期推移を一括表示したもの」と定義され,eGFR変動が大きくても,長期的なeGFR推移を俯瞰的に観察することにより,経時的なeGFR低下を確実に拾い上げることができます(図7)。
もともとは「Long term 1/Cr plot」としてSCrの逆数の長期間推移を一括表示していましたが,2016年に1/CrをeGFRに置き換えた自作Excel file(LTEP第一世代)に切り替えました。そして,2018年にはデータ入力を自動化したLTEP第二世代へ,2019年にはシステム会社(システム計画研究所/ISP)の協力のもと,eGFRだけではなく,CKDや糖尿病関連腎臓病(diabetic kidney disease:DKD)診療に重要な尿蛋白,尿アルブミン,HbA1c,eGFRcysを併記でき,様々な機能が付加された病院版LTEP第三世代へと発展しています(eGFRcysについては後述)。さらに現在では,多くの臨床検査会社の協力も得て,診療所版LTEP第三世代や,personal health record(PHR)を活用した医師・患者コミュニケーションツールの中で,患者さんのスマホアプリと連携可能なLTEP第二世代の発展版も活用できるようになっています(図8)。
なお,LTEP第一〜第三世代の画像については,後述する図34〜図37を参照下さい。