アントラサイクリン系抗がん剤は,投与終了の十数年後に心血管イベントを発症することがあり,長期の経過観察が必要である
トラスツズマブによる心機能障害は,累積投与量にかかわらず出現し,可逆的な回復を認めるため,心機能が改善すればトラスツズマブの再投与が検討される
がん治療に伴う心筋障害の診断,早期発見にはトロポニンI,TやBNP,NT-pro BNP測定,ならびに心エコー検査での左室駆出率(LVEF)やGLPS測定が有用である
がん化学療法に伴い心不全が発症することは以前から広く知られ,抗がん剤に伴う心不全は,不可逆的心筋障害であるtypeⅠ(心筋傷害)と,可逆的心筋障害を中心とするtypeⅡ(心機能障害)に分類される(表1)1)。しかし,実臨床ではがん治療中の心不全の原因を同定することは難しいことがある。その理由として,下記の3点が挙げられる。
①がん治療中に多数の抗がん剤・抗菌薬等,他の薬剤が使用される
②放射線治療の照射野に心臓が入る症例では,放射線治療による心筋障害がある
③アントラサイクリン系抗がん剤(anthracyclines:ACs)では投与終了後の数カ月から数十年後の,抗がん剤治療とかけ離れた時期に心不全を発症する可能性がある
さらに,医療技術の進歩により,高齢者へのがん治療が増加していることや,高血圧や糖尿病,心房細動などの不整脈,ならびに虚血性心疾患の合併症を有する症例の増加は,心不全発症リスクとなる。また,がん治療や進行がんの病状による長期の発熱や持続する貧血なども心不全の原因となる。最近ではこのようながん治療中の様々な影響で発症する心不全を総称して,がん治療関連心不全(cancer therapeutics-related cardiac dysfunction:CTRCD)と表現することが多くなっている。CTRCDの概念は非常に重要であり,がん治療中の全身管理の重要性を示している。
表2 2)に心筋障害を起こす恐れのある抗がん剤を示したが,ACsはがん患者に広く使用され,不可逆的かつ重症な心不全を併発することがあり,現在でも重要な問題である。さらに乳癌や胃癌治療に広く使用されるようになってきた分子標的治療薬であるトラスツズマブ(trastuzumab:TRZ)は,可逆的ながら心不全を発症することが知られている。左室駆出率(left ventricular ejection fraction:LVEF)は低下しても比較的全身状態が保たれた状態であることが多く,また乳癌患者は合併症の既往のない若年者も多い。これらの患者では,心不全由来の咳嗽・起坐呼吸を発症していても,心不全が想定されず,感冒と考え地元医療機関を受診することがある。したがって,実地医家は,従来から広く知られている重篤なACs心筋症だけでなく,心機能障害中心のTRZ心筋症の特徴や対応を理解しておく必要がある。
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