2015年11月,「高リスク高血圧患者に対する厳格降圧は,心不全,心血管死を防ぐ」というSPRINT試験の結果が発表され,話題になったことは記憶に新しい。
この試験は,高リスク高血圧患者9361例を降圧目標値120mmHg未満の厳格降圧群4678例と135~139mmHgの標準降圧群4683例にランダム化して5年間追跡した。主要エンドポイントである心筋梗塞,脳卒中,急性心不全,心血管死の複合エンドポイントの発生は,厳格降圧群のほうが標準降圧群に比べて有意に低かった(243例 vs. 319例;ハザード比0.75,95%信頼区間;0.64~0.89,P<0.001)。SPRINT試験のこの結果には,世界中が驚かされた。しかし一方で,この結果が,わが国でも急速に増加している後期高齢者に適応できるか否かについては評価がわかれていた。
2016年5月には,75歳以上の高齢者のサブスタディ結果が発表された。その結果は先に発表されている元論文とまったく同様で,高齢者でも厳格降圧群のほうが主要エンドポイントを抑制するというものであった。主要エンドポイントの中でも元論文と同じく,心不全発症と総死亡を有意に抑制した。サブスタディでは高齢者の脆弱性(frailty)の程度に応じて,厳格降圧が心血管合併症に及ぼす影響についても詳細に検討している。脆弱性が増すとともに心血管合併症の発症数は増加するが,厳格降圧を行うほど心血管合併症の予防効果は大きくなるという意外な結果であった。一方で,急性腎障害,低血圧,低ナトリウム血症の発症数などは厳格降圧群で有意に多いという結果であった。しかし,懸念されていた転倒による骨折は,厳格降圧群においてむしろ有意に少ないという意外な結果も示した。
後期高齢者が急速に増加し,今や高血圧診療の中心をなす世代になっているわが国の事情を考慮すると,このSPRINT試験という圧倒的なエビデンスをどのようにとらえるかは非常に重要である。しかし,この試験の結果をわが国の臨床に応用するにあたっては,以下のような多くの問題点が挙げられるだろう。
①心不全・心血管死は予防するが,日本人に多い脳卒中は抑制していない。
②急性腎障害や電解質異常などの有害事象の発現をどのように考えるか。
③糖尿病合併例や脳卒中既往例が対象から除外されている。
④拡張期血圧の下がりすぎは本当に考慮しなくてよいのか。
本特集では,SPRINT試験から発信されたエビデンスをわが国の臨床にどのようにあてはめるべきかについて,高血圧専門家たちの意見を特集する。
1 SPRINT研究後期高齢者サブ解析の研究デザインとその注意事項
東京医科大学循環器内科教授 冨山博史
2 SPRINT試験の結果は日本人でも当てはまるのか
自治医科大学卒後臨床研修センター/循環器内科教授 江口和男
3 冠動脈疾患合併例での降圧療法─特に拡張期血圧に関して
久留米大学医療センター循環器内科教授 甲斐久史
4 糖尿病合併例,脳卒中既往例での降圧目標値をどうするか
福岡大学病院循環器内科診療教授 三浦伸一郎
5 腎機能障害合併例でも降圧目標値を120mmHgとすべきか
JCHO東京高輪病院院長 木村健二郎
6 75歳以上における収縮期血圧120mmHg未満への降圧の妥当性と有害事象への懸念
滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門 佐藤 敦
福岡大学医学部衛生・公衆衛生学主任教授 有馬久富
7 SPRINT研究でどう変わる,高齢者高血圧治療,家庭血圧
東京都健康長寿医療センター顧問 桑島 巖
【コラム】検証!SPRINT試験の血圧測定環境は診察室血圧のどのレベルか
東京都健康長寿医療センター循環器内科医長 石川讓治