現在の腎臓病学の重要な目的は,末期腎不全と心血管イベントおよび生命予後の規定要因である慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)と急性腎障害(acute kidney injury:AKI)の克服である。最近10年余の国際的な啓発活動,治療に関する臨床研究,主要な病因である高血圧や糖尿病に対する新薬の開発によって,早期からの集学的強化療法による寛解率上昇も証明されている。一方,腎疾患の予防,早期発見・治療は実践困難で,末期腎不全による透析導入,合併する心血管イベントは世界的に増加し,現状の診断・治療法の限界も明白である。また,ドナー不足が腎移植医療停滞の原因となっている。課題克服には,①腎疾患の早期発見や予後予知に有用なバイオマーカー,②治療法が未確立の腎線維化への直接治療法,③再生医学的アプローチによる病腎の修復や移植用器官作成が重要な研究テーマと考える。
従来から,病因や病態に関与する分子の同定と機能解析など分子生物学的研究が腎臓学の主流であった。近年,情報技術の急速な発展によって,遺伝子多型(single nucleotide polymorphisms:SNPs)のゲノムワイド関連解析(genome wide association study:GWAS解析),多数の因子の同時測定によるomics解析などのシステム医学的アプローチにより,遺伝子と環境,細胞内,細胞間,臓器間の因子間の相互関係(ネットワーク)の解明が進んでいる。また,iPS細胞の確立に象徴される再生医学・細胞工学の進歩も顕著である。
本稿では,2013年6月から2014年12月に公表された文献検索(PubMed)に基づき,上述の3研究テーマの現状と将来展望を述べる。
現在,AKIとCKDの病期診断には,それぞれ尿量と血清クレアチニン(Cr)値(RIFLE分類,AKIN分類),および尿所見(アルブミン尿・蛋白尿)と推定糸球体濾過量(eGFR)が用いられる。
しかし,血清Cr値,またはそれに依拠するeGFRは,筋肉量低下や体液過剰などによる誤差が大きい。また,これらの臨床指標は,AKI,CKDの発症予測,早期診断や腎予後予測には必ずしも有用ではないので,腎疾患発症の予知,予後予知のための簡便かつ正確なバイオマーカーが必要である。
現在,腎臓病の病因,腎臓でのin situの病態の確定診断には,腎生検による組織診断が一般的であるが,腎生検は侵襲的検査であり,治療中に繰り返すことには限界がある。非侵襲的病因の特異的診断,病期の進展の予知,および臨床研究のスピードアップや精度の改善のためには,目的に沿ったバイオマーカーの開発が必要であり,分子生物学的な基礎研究と臨床研究が進んでいる。
微小な血清Cr値の上昇に先立って確実に変化するAKIの重症度を予測する指標が模索され,現在までにL-FABP,NGAL,IL-18とKIM-1,TIMP2,IGFBP7などの臨床的有用性が確立し,論文検索ではheat shock protein(Hsp)72の有用性が報告された。また,治療における急性血液浄化の適応の観点からは,第10回Acute Dialysis Quality Initiative consensus conferenceの報告が公表されている1)。
また,AKIは必ずしも可逆的で治癒する病態でなく,腎での炎症と線維化の持続によるCKDへの移行が問題である。2014年には,線維化因子Galectin-3の血中高値が腎機能低下,また尿中semaphorin 3Aは他のAKIバイオマーカーと比較してAKI後期での進展予知に有用と報告された。
顕性蛋白尿は,将来の末期腎不全を予知するバイオマーカーである。一方,蛋白尿陰性のCKD患者のみならず,蛋白尿陽性患者でも個体差による腎機能低下速度のfast progressorの把握のために腎線維化を反映するバイオマーカーは重要である。
文献検索では,CKD患者にて,血中のhsCRP,β-defensins 1,2 ,炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6),osteoprotegerin ,24,25-dihydroxyvitamin D3,FGF-23,galectin-3,growth differentiation factor-15,homocysteine,indoleamine2,3-dioxygenase,acyl ghrelin,P-cresyl sulfateの 増加,赤血球glutathione transferase,尿中のNGAL,sclerostin(Wnt antagonist)増加,尿中Corin減少が腎機能低下の予知マーカーと報告された。また,NGAL,cystatin CとFGF-23,血清Cr値,尿中アルブミン値と血清cystatin Cのパネル化で,それぞれCKD発症や予後のリスク評価効率が上昇するとされた。
腎疾患の病態を反映するバイオマーカーの開発が心疾患などに比較して遅れているのは,ネフロンの構造的,機能的な複雑さと障害の要因(炎症,低酸素,代謝障害,細胞障害性因子,自己免疫,アポトーシス,壊死)の多様性にある。したがって,腎病態のバイオマーカー探索には,対象となる多数の因子の継時的な同時測定とシステム医学的解析によって,種々の生体サンプルで各因子間の継時的な相互関係の解明が可能性なomics解析が有用である。
①Genome解析2)
high through-put genotyping法や迅速で正確な情報処理法の開発により,効率的に全遺伝子レベルでSNIPsと病態などの表現型との相関解析が可能である。その結果,CKD発症・進展に関与する遺伝子座として,MYH9,UMOD,MTHFS,EYA1,transcriptionTC7L2が報告された。遺伝子多型は,腎疾患の発症・進展リスクを最も早期に評価可能なバイオマーカーであり,GWAS risk scoreによって個人別リスク評価(personalization)も可能である。
②Transcriptome解析
文献検索では,尿中exosome(尿細管分泌の小胞と足細胞)中のRNAのreal-time RT-PCRによる解析で,足細胞由来のCD2APのmRNAが尿蛋白,腎間質および糸球体線維化と逆相関するとされた3)。今後,尿中exosomeをサンプルとした解析による成果が期待できる。
③Epigenome解析2)
DNAメチル化,ヒストン修飾は,環境と遺伝子の相互作用を反映したepigeneticな遺伝子発現調節の役割を果たし,いわゆるmetabolic memoryの機序として注目される。文献検索では,Klotho遺伝子のpromoterメチル化とCKDの重症度の相関の報告があった。また,MicroRNA(miRNA)は,翻訳後の標的mRNAに対して蛋白発現を制御する内因性RNAであり,腎疾患でも,線維芽細胞分化,細胞外基質産生,代謝の制御など重要なプロセスに関与し,バイオマーカーとしても期待されている。TGF-β1/Smad3系活性化でmiRNA-21,miNaR-192,miRNA-200は増加し,miRNA-29,miRNA-200属は抑制され,それぞれ腎線維化を陽性および陰性に制御する。
文献検索でも,miRNA-214(TGFβ非依存性),miRNA-433,(TGFβ系依存性),miRNA215,miRNA-150(SOCS1の発現抑制),miRNA-29c(Sp1活性化),miRNR-21,(Akt活性化),miRNA-22(BMP-7/6とnegative feedback)は,腎線維化を促進,miRNA-1205-5p,miRNR-34c,miRNA-328は線維化を抑制し,miRNR-135aは,糖尿病での腎線維化を促進する,など多くの報告があった。
④Proteinome解析4)
尿細管,足細胞や線維芽細胞に対するTGFβ,低酸素,高血糖などの刺激による蛋白発現変化を解析し,腎疾患発症・進展に関与する多くの因子が同定された。糖尿病患者で毛細管電気泳動により分離された尿中低分子蛋白を質量分析で同定し,顕性蛋白出現の3~5年前に上昇する273の尿中ペプチド(74%がコラーゲン由来)のパネルが報告された5)が,一般住民レベルでもCKD発症予知に有用と報告された6)。
⑤Metabolome解析7)
液体またはガスクロマトグラフィーや毛細管電気泳動で分離された生体標本中の小分子物質を質量分析で同定する方法やNMR spectroscopyにて尿毒素物質の同定(indoxyl sufate, phenyl sulfate, p-cresyl sulfate, hippuric acidなど),腎疾患の発症・進展に相関する小分子の同定が行われてきた。
文献検索では,dimethyl sulphoneと2-hydroxyisobutyric acidがCKD3-4期の血清から新たなEMTを惹起する尿毒素として同定された8)。
腎疾患の病因・組織病態を鑑別するためのバイオマーカーや機能的なバイオイメージングの開発は,患者のQOLや安全性に役立つ。文献では,IgA腎症は血清galactose欠乏IgA1とGd-IgA1-特異的IgA増加で他の腎疾患の鑑別が可能9)で,Gd-IgA1特異的IgG,血清gelsolin,尿中uromodulin,尿中laminin G-like 3と遊離K軽鎖は腎組織学的重症度,蛋白尿に相関するとされた。
【文献】
1) Murray PT,et al:Kidney Int. 2014;85(3):513-21.
2) Witasp A, et al:Nephrol Dial Transplant. 2014;29(5):972-80.
3) Lv LL, et al:Clin Chim Acta. 2014; 428:26-31.
4) Prunotto M, et al:J Proteomics. 2011;74(10): 1855-70.
5) Zürbig P, et al:Diabetes.2012; 61(12):3304-13.
6) Gu YM, et al:Nephrol Dial Transplant. 2014; 29(12):2260-8.
7) Weiss RH,et al:Nat Rev Nephrol. 2011;8(1):22-33.
8) Mutsaers HA, et al:PLoS One. 2013;8(8): e71199.
9) Yanagawa H, et al:PLoS One. 2014;9(5): e98081.
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