社会的ジェットラグは,産業化社会で広く認められる公衆衛生学上の問題である
社会的ジェットラグは,肥満/代謝障害や気分障害の独立した発症リスクとなる
サマータイム制度は,我々の睡眠/体内時計機能にとって適応困難であり,短期的にも長期的にも影響を及ぼす
社会的ジェットラグ(social jetlag)とは生物時計と社会時計の間の乖離であり,概日リズムによる睡眠のタイミングと社会的制約(学校,仕事,子ども,ペットなど)によるタイミングとの対立によって引き起こされる。社会的ジェットラグの考え方は,仕事のある日とない日の睡眠のタイミングの変化が,金曜日の夜に西側へいくつかのタイムゾーンを移動し,月曜日の朝に東側へ戻ってくる旅行における,睡眠のタイミングの変化と類似しているという観察に基づいている。
時差旅行によるジェットラグの症状(睡眠,消化器系,パフォーマンスの問題)は,生物時計が当地の明暗サイクルに再同調するまでの一過性のものである。対照的に,社会的ジェットラグは慢性的な現象であり,個人の勤労生活を通じて持続する。週末のわずか2日間の長寝が,30~45分もの位相後退につながることが複数の実験で示されており1),さらにこの位相後退は,朝型よりも夜型でより顕著にみられる2)。
社会的ジェットラグは仕事をしている限り付随する慢性的な問題であり,交代制勤務と比較するとごく少ない睡眠時間帯の変化(1~2時間程度)であるにもかかわらず様々な健康問題と関連し,何より大多数の人間が程度を問わず社会的ジェットラグを経験していることが,公衆衛生学上無視できない問題であることを示している。
実際,Roennebergらが保有するMCTQデータベースのうち,社会的ジェットラグを経験していないのはわずか13%の人々であり,69%は少なくとも1時間,1/3は2時間以上の社会的ジェットラグを経験していると報告されている3)。データベースのうち,およそ5%の人々は,平日の夜の睡眠時間が週平均睡眠時間と比較して少なくとも20%少ないため,1週間で1夜分の睡眠が失われている計算になる。35%の人々は平日に10%の睡眠剥奪を経験しており,週当たりおよそ0.5夜分の睡眠が失われている。平日の夜に週平均睡眠時間と同等の睡眠時間を確保しているのは,わずか25%の人々である。夜型の個人ほど社会的ジェットラグが大きくなる関係が示されているため,概日リズムの不調和と睡眠剥奪の両面から健康影響を受けやすい高リスク群と言える4)。
夜型の個人が社会的ジェットラグの高リスク群であることには,複数の要因の関与が想定される。夜型の個人では深部体温やメラトニン分泌にみられる概日リズム周期が長いことが報告されている。また,皮膚線維芽細胞における時計遺伝子Bmal1のmRNA発現周期においても,朝型で短く夜型で長い。同様に,メラトニンやコルチゾール,深部体温の位相には,クロノタイプ(個人の朝型夜型特性)間に明瞭な差が認められ,朝型に対して夜型でおおよそ2時間の遅れが認められる。さらに,覚醒継続時間に伴う眠気の亢進が朝型の個人と比較して遅く,夜勤などの断眠状態に耐性を持つ。こうしたことから,夜型の個人では睡眠覚醒サイクルの不規則性が高い。個人の生物時計の要求に従った生活が送れる状況であれば,こうした個人差は睡眠時間に影響しないが,現代の産業化社会における会社や学校の就業時間や授業時間といった社会的スケジュールはおおむね早朝から開始されるため,朝型の個人にとっては自然な睡眠覚醒サイクルを維持可能であるが,夜型の個人にとっては自身の概日リズム位相と齟齬が生じ,目覚まし時計などを用いた強制的な覚醒による睡眠の短縮を伴う。この部分的な睡眠剥奪が週を通じた睡眠負債を蓄積し,週末の寝だめと位相後退につながる。
夜型にみられる概日リズム特性のうち概日リズム位相の後退は,現代の都市型生活による環境的・行動的影響が大きい。1週間のキャンプ生活により,人工建造物による日中の遮光の影響や,人工照明による夜間の光曝露の影響を除去した研究では,都市型生活条件でみられた概日リズム位相の個人差が消失し,メラトニン分泌期間が外的環境の夜に一致することを示し,光曝露パターンが概日リズム位相を強く修飾することを示している。
Wittmannらの研究4)では,社会的ジェットラグが大きいほど,たばこ,カフェイン含有飲料,アルコール摂取が増えることが報告されている。そのほかにも,身体的不活動の増加5)や,労働能力の低下6)などとも関連するが,本稿では,社会的ジェットラグと関連することが示されている肥満/代謝障害,心理機能,サマータイムの問題について述べる。
残り4,204文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する