成人の慢性硬膜下血腫の治療は内科的・外科的治療に大別されるが,主流は外科的治療である。内科的治療は原則的に小血腫例や無症候例に限られるため,外科的治療のタイミングを逸してはならない
外科的治療においては局所麻酔下での穿頭血腫洗浄除去術が今日の主流手技であるが,ドレナージの有無,twist-drillによる閉鎖式血腫ドレナージなどのバリエーションが存在する
石灰化した慢性硬膜下血腫に対する開頭被膜摘出術,多房性あるいは凝血塊を含む血腫に対する神経内視鏡手術など,病態の特殊性に即した外科的治療が選択される
再発は約10%にみられ,危険因子として患者因子・血腫因子・手術因子に大別される
難治性慢性硬膜下血腫に対しては近年,中硬膜動脈塞栓術の有効性が示されている
65歳以上の慢性硬膜下血腫の発生頻度(対10万人比)は年間58.1人に達し1),脳神経外科医にとっては接することの最も多い疾患の1つであり,時に他科医でも日常診療の中で遭遇することがある。この慢性硬膜下血腫の発生機序は完全に明らかにされているわけではないが,近年の硬膜下腔の新たな概念により妥当な仮説が提唱されている。すなわち,コラーゲンに富んだ硬膜と非常に強い細胞間結合を有するくも膜との間にはdural border cell layerが存在するため,硬膜下腔は自然に存在する空間ではないことがわかってきた2)。
dural border cell layerは,大きな細胞外腔が無構造の基質で満たされ細胞間結合をほとんど認めないため外力に対して脆弱であり,剥離腔が形成される。架橋静脈はdural border cellとの結合が弱いために,脳萎縮の強い高齢者では特に軽微な外傷によりdural border cell layerで損傷を受けやすく,剥離腔内出血の原因となる。あるいは,くも膜にも損傷が生じて脳脊髄液が剥離腔に流入し血液と混ざり合うこともある。これらの刺激により,剥離されたdural border cell layerは反応性に増殖して内膜と外膜が形成される。外膜は洞様毛細血管が発達しており3),これらの血管から繰り返される出血や血管透過性亢進,血腫腔内での線溶系亢進〔tissue-type plasminogen activator(t-PA)の強発現〕や炎症反応〔interleukin-6(IL-6)の増加〕から生じる悪循環によって慢性硬膜下血腫が増大していくという仮説である。
上述した仮説に基づけば,この悪循環の連鎖を断ち切り,消退過程に誘導することが慢性硬膜下血腫の治療戦略の理論的背景となり,事実,血腫被膜を摘出しなくとも内容物の洗浄除去のみで多くの慢性硬膜下血腫が治癒することがこの仮説の妥当性を証明している。
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