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アルコール多飲で低血糖とケトアシドーシスが起こる機序

No.4688 (2014年03月01日発行) P.64

中谷研斗 (北里大学病院救命救急センター講師)

上條吉人 (北里大学病院救命救急センター特任教授)

登録日: 2014-03-08

最終更新日: 2017-09-12

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【Q】

55歳,男性。アルコール依存症だが,ここ数日はお金がなく,アルコールは摂れず,食事も1日1食程度であった。
突然の意識障害で来院。pH7.246。血糖18mg/dL。乳酸80.0mg/dL。アルコールによるケトアシドーシスと考えたが,いかがか。
アルコール多飲で低血糖とケトアシドーシスが起こる機序を。(福岡県 S)

【A】

アルコール性ケトアシドーシス(alcoholic ketoacidosis;AKA)を疑うべき状態だが,情報が不足しているためそれ以上の言及は困難。AKAの診断で重要なのは除外診断である

AKAはアルコール依存症患者に生じる酸塩基平衡異常症である。以下に,その機序と診断に関して説明する。

まず,典型的なAKAの経過を示す。発症の背景には,アルコール依存に伴う長期的な食事摂取不足による飢餓状態と,飲酒に伴う嘔吐・下痢や水分摂取不足,アルコール摂取に伴う抗利尿ホルモンの分泌抑制による脱水状態が存在する。大量飲酒後の消化器症状により飲酒もできなくなると,アニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスを生じてAKAを発症する。

エタノールは肝臓においてアセトアルデヒドを経て酢酸に酸化され,最終的にはアセチル–CoAとなるが,その過程で肝ミトコンドリアのNAD(nicotinamide adenine dinucleo­tide)はNADHに還元される。長期的なアルコール摂取により肝ミトコンドリアにNADHが蓄積するため,NADH/NAD比が高まる。NADH/NAD比が上昇することで,糖新生やTCA回路が抑制される。このエタノール代謝過程で肝グリコーゲンが消費されるため,肝グリコーゲン貯蔵量が減少する。

さらに,慢性的な飲酒に伴う摂食不足や嘔吐・下痢,飲水不足などにより,脱水・飢餓状態に陥る。循環血液量の喪失は交感神経系の賦活化をもたらし,インスリン分泌低下,抗ストレスホルモン分泌を促す。
また,飢餓状態は肝グリコーゲン貯蔵量の減少につながる。これにNADH/NAD比の上昇による糖新生の抑制も合わさり,血糖値を低下させることでさらにインスリン分泌低下,抗ストレスホルモン分泌を促進する。これらホルモン分泌異常や糖質不足は遊離脂肪酸の合成とβ酸化を亢進させる。

このβ酸化亢進とエタノール代謝の結果として生ずるアセチル–CoAは過剰状態となるが,NADH/NAD比の上昇によりTCA回路が抑制されているため,アセチル–CoAはケトン体に代謝される。NADH/NAD比が高い状態ではアセト酢酸(acetoacetic acid;ACAC)がβ–ヒドロキシ酪酸(3–OHBA)に代謝されやすいため,AKAに特徴的な3–OHBA/ACAC比の上昇をもたらす。

そして,アルコール依存症患者は酒類に含まれるわずかな炭水化物が糖質の供給源となっているが,消化器症状によりそれが断たれることでケトアシドーシスをさらに増悪させてAKAが発症する。

また,NADH/NAD比の上昇はピルビン酸から乳酸への代謝も促すため,乳酸アシドーシスも多くの症例で合併する。ただしこの場合は軽度から中等度にとどまることが多い。

低血糖の合併に関しては上述の通り,絶対的な糖質摂取不足と肝グリコーゲン貯蔵不足,NADH/NAD比の上昇による糖新生の抑制などが原因である。

AKAの診断

AKAには診断基準がないため,総合的に臨床診断をすることになる。一般的には,アルコール依存症患者が大量飲酒後に消化器症状により飲酒すらもできなくなる,といったような典型的な病歴と,ほかの原因が除外可能なアニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスが存在し,3–OHBA優位なケトン体の上昇が証明されれば診断がなされる1)2)。ここで重要なのは除外診断であるが,アニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスを呈する疾患の除外になる。

代表的な疾患は,糖尿病性ケトアシドーシス,飢餓性ケトアシドーシス,組織虚血(ショック・塞栓症など),肝不全,敗血症,悪性腫瘍,薬剤の副作用(ビグアナイド薬・サリチル酸・カルバマゼピンなど),ビタミン欠乏症(B1・B2・B6など),腎不全,中毒(メタノール・エチレングリコールなど)などになる3)

本例は典型的な病歴ではあるが,除外診断を行うための情報がない上,アニオンギャップも不明なため診断は困難である。アルコール依存症患者は,低栄養状態による免疫力低下で易感染性があるため,感染症の否定は重要である。また,耐糖能障害の合併や肝硬変の例も多いことから併存疾患によるアシドーシスの可能性も考慮しなければならない。

【文 献】

1) McGuire LC, et al:Emerg Med J.2006;23(6): 417–20.
2) Wrenn KD, et al:Am J Med.1991;91(2):119–28.
3) Davids MR, et al:QJM.2004;97(6):365–76.

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