母体の病状が悪化すると,高血圧,蛋白尿などの臨床症状が悪化するだけでなく,肝機能(GOT,GPT,LDH)や腎機能(尿酸値,尿素窒素値,クレアチニン値等)の悪化,血小板減少,ヘマトクリット(Ht)値の上昇などが起こるため,これらの値を経時的に観察することはPIH発症の予知やその病態悪化を早期に判断する上で重要である。重症化すると,母体では脳血管障害や子癇,HELLP(hemolysis,elevated liver enzyme,low platelets)症候群,慢性DICなど重篤な病態を呈する。
同時に胎児においては,胎児胎盤循環不全により,子宮内胎児発育遅延や羊水過少,胎児機能不全(non-reassuring fetal status:NRFS)などの症状が出現し,termination(妊娠継続を諦め分娩とする)が必要となる。したがって,胎児に対して超音波検査による児発育や羊水量,臍帯動脈血流等の評価,non-stress test等を経時的に行う必要がある。
入院したら,安静と減塩食(7~10g/日)を原則とする。肥満でなければ,特に摂取カロリー量を制限する必要はない。
高血圧を有する妊婦における降圧治療の特殊性は,一言で言えば「胎児の存在」といえる。胎児が存在するために,降圧薬の選択や降圧レベルに制限が加えられる。これが,内科領域の降圧治療と根本的に違う点である。血圧が170mmHg and/or 110mmHgを超えるようなきわめて重篤な病態では,母体においては脳血管障害や子癇の危険性がきわめて高く,これを回避するためには可及的速やかな降圧が必要となる。一方,胎児においては末梢血管抵抗の上昇による胎児胎盤循環不全が存在し,代償的に血圧を上昇させることで辛うじて胎盤循環が保たれている。このような場合における過度かつ急激な降圧は医原的に胎児胎盤循環不全を悪化させ,胎児はきわめて危険な状態となる。高血圧を有する妊婦の降圧治療は,このようなジレンマの中で行われていることを認識しなければならない。
一般的には重症(表2)5)に対して降圧治療が行われる。降圧治療の目的は短期的な場合と中長期的な場合で異なる。短期的な場合とは,重症例でしばしば遭遇する。すなわち,母体の血圧コントロールは不良となり,胎児はNRFSとなるためにterminationせざるをえない症例である。母体の高血圧緊急症を回避するために母体の血圧を下降させ,同時に副腎皮質ステロイド(リンデロン1397904493)により胎児の肺成熟を促して,肺成熟のために必要な時間(通常48時間)を稼ぐことを目的に行われる。中長期的な場合とは,妊娠28週未満に発症するPIH(多くの場合は加重型)に対して行われる。このような症例では胎児の未熟性が強いため,極力,妊娠継続を目指さねばならず,母体の血圧をコントロールして妊娠期間の延長を目的に行われる。
わが国では,母児への安全性が経験的に知られているヒドララジン塩酸塩やメチルドパ水和物が古くから用いられてきた。しかし,早発型や重症のPIHにおいては,ヒドララジン塩酸塩やメチルドパ水和物では効果が不十分で妊娠継続が困難な場合が多い。このような場合はカルシウム拮抗薬が推奨される。日本妊娠高血圧学会の診療指針5)ではメチルドパ水和物,ラベタロール塩酸塩,ヒドララジン塩酸塩が第一選択薬で,これにて効果が不十分の場合はカルシウム拮抗薬やヒドララジン塩酸塩の点滴静注が推奨されている。
ただし,わが国において現在妊婦に投与可能なカルシウム拮抗薬はニカルジピン塩酸塩の注射薬とニフェジピンの経口薬(ニフェジピンは妊娠20週以降に投与可)のみ,α,β遮断薬はラベタロール塩酸塩のみである。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体阻害薬(ARB)は妊婦禁忌である(表3)5)。
降圧の基本的な考え方は,重度の高血圧による母体の危険を可及的速やかに回避しつつ,胎児胎盤循環系,腎循環系などにおける循環血液量を維持し,胎児の恒常性を保つことにある。このため,至適降圧レベルの幅は狭い。重症PIHにおいて血圧をどの程度下げることが妥当なのか,適切な降圧範囲に関するEBM(evidence based medicine)は現在のところない。重症PIHでは血圧が高いだけでなく,不安定であることが多いため,血圧を低下させるだけでなく,安定させることが重要である。原則として,重症の状態を軽症のレベルまで5)(あるいは平均動脈圧で15%程度10))低下させ,かつ血圧の安定を図る。
PIHに対する根本治療はterminationしかない。母体症状や胎児胎盤機能の悪化が起こった場合は,原則として児の未熟性があってもterminationを行う。このため,特に重症PIH症例はNICUのある高次医療施設で管理することが望ましい。terminationの決定は,妊娠継続した場合とterminationした場合に予想される母児双方のrisk & benefitを総合的に勘案して行うべきである。同時に,そのような結論に至った理由を詳細に妊婦本人および家族に説明し,インフォームドコンセントをとってから,事にあたるべきである。