わが国では近年,高齢化や食生活の欧米化などにより肥満,耐糖能異常,脂質異常症などの代謝性疾患が増えており,虚血性心疾患のリスク増大が懸念されている。一方で,冠動脈インターベンションや冠動脈バイパス術などの技術の進歩により心筋梗塞による短期予後は改善しており,臨床医が心筋梗塞後の患者を診る機会は今後ますます増えていくものと考えられる。そのような心筋梗塞後の患者の生命予後の改善,生活の質(QOL)の改善のためには,適切な薬剤選択が必要である。
循環器疾患の領域では,治療の参考となる大規模臨床試験によるデータや診療ガイドラインが豊富にあり,それだけEBMに沿った治療を実践しやすい環境にある。しかし,これらのデータがわが国で実臨床にどれだけ役立てられているかは不明である。
約16万人の冠動脈疾患患者に処方されている薬を調べた欧米の研究では1),心筋梗塞患者や冠動脈インターベンションを受けた患者の約1/3が,β遮断薬,スタチン,アンジオテンシン変換酵素(angiotensin-converting enzyme:ACE)阻害薬/アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensin Ⅱ receptor blocker:ARB)などの二次予防に必要とされる薬の組み合わせを処方されていなかった。心血管疾患はわが国の最大の死因であり,専門医のみならずすべての医師が二次予防に必要な薬を知る必要があるであろう。本稿では薬物療法について述べるが,禁煙や食事療法,運動療法なども薬物療法とともに実施されることが重要である。以下,「心筋梗塞二次予防に関するガイドライン(2011年改訂版)」(JCSガイドライン)を中心に,米国ACCF/AHAのST上昇型心筋梗塞ガイドライン(2013)および冠動脈疾患の二次予防ガイドライン(2011)などにも留意しながら説明していく。
心筋梗塞,不安定狭心症などの急性冠症候群の発症機序は,プラークの破綻とそれに引き続いて生じる血栓形成であり,血栓形成を予防する抗血小板薬の有用性は明らかである。JCSガイドラインでは,禁忌例を除くすべての症例にアスピリン(81~162mg/日)の永続的投与を推奨している(クラスⅠ,エビデンスA)。アスピリンは血小板内のシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase:COX)活性を不可逆的に阻害することでトロンボキサンA2の生成を抑制し,血小板凝集を阻害する。
チエノピリジン系抗血小板薬であるクロピドグレルはプロドラッグであり,肝臓で代謝され活性体となった後,血小板表面のADP受容体P2Y12を阻害し血小板凝集抑制効果を発現する。同じチエノピリジン系抗血小板薬であるチクロピジンと比較して,重篤な肝障害などの副作用は少ない。これらチエノピリジン系抗血小板薬はアスピリンと作用機序が異なるため,併用による相乗効果が期待できる。
わが国で最近使用されている薬剤溶出性ステント(drug-eluting stent:DES)には,遅発性のステント血栓症の危険性が報告されており,従来の金属ステント(bare metal stent:BMS)よりも長期間の抗血小板療法の併用が必要である。ACCF/AHAのガイドラインでは,ステント留置後のアスピリンとP2Y12阻害薬の1年以上の併用を,BMS,DESともに推奨している。わが国では,BMS留置例では1~3カ月間,DES留置例では1年間の併用が行われているが,複雑なステント留置手技例では永続的な抗血小板薬の併用も行われる。
抗血小板薬の長期併用により出血の危険性が増す可能性があるが,ステント留置後,どの程度の期間2剤併用の抗血小板療法を継続させる必要があるのかのエビデンスは少ない。約270万人のDES留置患者を対象に行われた試験では,アスピリンとクロピドグレルの2剤併用を12カ月間以上延長しても,アスピリン単独と比較し心筋梗塞発症や心血管死に有意差がみられなかった2)。日本人のDES留置患者を対象にした前向き研究j-Cypherでは,ステント血栓症の頻度は欧米人と比べて少なく,6カ月以上の抗血小板薬併用に明らかな臨床的ベネフィットは認められていない。最近のOPTIMIZE(Organized Program to Initiate Life Saving Treatment in Hospitalized Patients)試験では,DES留置後3カ月間の抗血小板薬の併用が,12カ月間の併用と比較して非劣性であったことが報告されている3)。抗血小板薬併用の必要性はステントの種類や人種によっても変わってくることが考えられ,今後さらなる検討が必要である。
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