▶ 急性心不全患者の原因と診断の流れがワカル
▶ クリニカルシナリオに頼りすぎず、ロジックで考えることがデキル
▶ 心臓超音波検査での急性弁膜症の見方がワカル
▶ 主訴:呼吸苦
▶ 現病歴:来院1週間前から感冒様症状を認めていた。来院2日前から労作時呼吸苦が出現し、徐々に増悪を認めていた。来院当日夕方、排便時にいきんだことを契機として呼吸苦が急激に増悪したため当院へ搬送となった
▶ 既往歴:アルコール性肝障害、睡眠時無呼吸症候群(CPAP使用中)、高血圧(内服加療中)
▶ 嗜好歴:喫煙歴 なし、飲酒:機会飲酒
▶ 家族歴:不明
▶ 常用薬:不明
▶ 身長165cm、体重65.2kg
▶ バイタルサイン:体温 36.6℃、血圧 155/105mmHg、心拍数 152/分(整)、呼吸数 45/分、SpO2 93%(FiO2 0.6)
▶ 意識レベル:JCS Ⅰ-1、GCS E4 V1 M4
▶ 頭部:顔面苦悶様、口唇チアノーゼ(-)
▶ 頸部:頸静脈怒張(+)
▶ 胸部:呼吸音 両肺野にてcoarse crackle聴取、心音 心拍数が早く雑音の評価は困難
▶ 四肢:下腿浮腫(-)
洞調律、心拍数120回/分の頻脈、L、aVL、V6に頻脈によると思われるわずかなST低下があるが、有意なST-T変化は認めず。
右肺上葉─中葉を中心とした肺門部優位の著明なコンソリデーションを認める、肺水腫を疑う所見である。
傍胸骨長軸像
傍胸骨短軸像
心尖部四腔像
心尖部三腔像
心尖部二腔像
右肺門部の浸潤影は改善なし。
どのように考えたらいいだろうか? どこに問題があったのだろうか?
▶ 「心不全」とは心臓のポンプ機能が悪くなった状態すべてを含む包括的な概念であり、病名ではないことに注意
▶ 「心不全と診断」ではたとえ急性期でも不十分
▶ 心不全の原因疾患一覧は表1)の通り(黄色は特に頻度が高いもの)
今回の症例では「CS1の心不全」で診断がストップしてしまっていた
▶ そもそもクリニカルシナリオとは、収縮期血圧ごとに心不全の病態を分類し、それぞれの初期治療を提示したもの
▶ 急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)の治療と同様に、急性心不全の初期治療においても初期治療開始までの時間が予後改善のために重要ととらえられるようになってきた
▶ その中で2008年にMebassaらによって唱えられたものがクリニカルシナリオであり、心不全の初期治療にあたる救急医はこの分類をもとに、急性心不全に対して早期の対応を図ることができる
▶ CSはあくまで循環器内科専門医以外の医師が初期対応を決定する上でのサポートツールでしかない
▶ 初期対応後は必ずetiologyについてのアセスメントを行う!
▶ 診断と経過に矛盾点が見つかれば、その矛盾を説明できるようなロジックが必要となる
▶ たとえ初期治療内容は同じでも、etiologyとロジックを意識しながら診療することで、その後も柔軟に対応することができる
もう一度心臓超音波検査を見返してみると…
後尖の腱索が切れて逆流を起こしている!
僧帽弁後尖の腱索断裂による急性僧帽弁閉鎖不全症(acute mitral valve regurgitation:acute MR)
薬剤治療では限界があると判断し、心臓血管外科にコンサルテーションの上で緊急手術(僧帽弁形成術)となった。その後、二次性の原因も否定されたことから、特発性腱索断裂と診断。術後はやや立ち上がりに難渋したものの、無事合併症なく退院となり、現在も元気に暮らしている。
診断が甘かったために初期対応に遅れが生じた急性MRの一例を提示した。
▶ 心臓超音波は心疾患のマネージメントには必須のツールである!
▶ 心臓超音波でわかること
・左心収縮能
・左心拡張能
・右心機能
・うっ血、脱水の有無
・虚血性心疾患によるasynergyの有無
・心筋壁厚
・弁膜症や構造異常などの有無
・心不全の重症度
・疣贅の有無
・血栓の有無
・心タンポナーデの有無
・大動脈解離のrule out…等
しかも低侵襲、簡便、経時的にも評価可能
▶ 心エコーの当て方や見方については成書を参考にしてほしいが、ここでは簡単なコツを少しだけ紹介する
・傍胸骨像を描出したい場合は、心臓より少しだけ高めの肋間から見下ろすような形で心臓を見ると綺麗な長軸像、短軸像を出しやすい
・手を浮かせたままエコーを当てると、プローブの先がゼリーで滑って位置が変わってしまい綺麗に描出できないことがあるので、慣れないうちはプローブを握っている手や指の一部を患者の身体に当てて固定したほうがよい
・基本的には、強く押し当てても患者が痛いばかりで綺麗に見えることはないので、特に長時間の観察のときはプローブに力を込めないこと
▶ よく目にする慢性MRとは異なるので注意!
▶ 急激に生じるため心臓の代償機転が追いつかず、重篤な肺水腫とショックをきたしうる病態。人間の身体は急な変化には対応できない!
▶ 原因3)
・心筋梗塞の機械的合併症(ischemic MR)
・感染性心内膜炎
・外傷性
・リウマチ性
・たこつぼ型心筋症
・特発性
後負荷が高い場合は血管拡張薬が病態の安定化につながることもあるが、限界があり多くの場合は緊急手術を必要とする
▶ 初期診断は時に難しい
・急性MRのうち、およそ60%が初期診察時に誤診断されていたという報告がある4)
・この中で聴診上わずか33%でしかmurmurを認めなかったとされており、診断における聴診の有用性はかなり限定的
・心臓超音波検査が診断のkeyとなるが、偏向性のjetであったり、左室-左房の圧較差が小さくなるためcolorが入りにくかったりとやや見にくい部分があるのは事実
・疑いが残る場合は、経食道心エコーを行う
どれだけ疑ってかかるかが初期対応において非常に重要となる
▶ 肺水腫は結果であり、それに至るまでの血行力学的なロジックを常に頭の中で構築しなければならない。そこに矛盾点が生じるのであれば、そのロジックを徹底的に見直す必要がある
▶ 超音波検査の上達のコツはとにかくたくさん当てること。低侵襲の検査なのだから臆することなく積極的に見よう!
【文献】
1) 筒井裕之, 他:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).
[http://www.asas.or.jp/jhfs/pdf/topics20180323.pdf]
2) Mebazaa A, et al:Crit Care Med. 2008;36(1 Suppl):S129-39.
3) Stout KK, et al:Circulation. 2009;119(25):3232-41.
4) Zhou L, et al:J Cardiovasc Dis Res. 2013;4(2):123-6.