近世の欧州では「緑病(green sickness)」,あるいは「萎黄病(chlorosis)」と呼ばれる病気が若い女性に大流行した。当時,英国の医師Thomas Sydenhamは,その特徴として顔色不良,むくみ,身体の重い感覚,下肢のだるさ,呼吸苦,動悸,頭痛,熱を持った頻脈,眠気,異食症(土やチョークなどの食物でないものを無性に食べたくなる症状),無月経の11項目を記載した。これらは鉄欠乏性貧血の症候と一致する。20世紀以降,欧米諸国では,この病気は食生活の改善によってめっきり少なくなった。一方,肉食が主体の欧米諸国に比べると,わが国では鉄欠乏性貧血はいまだに多い。鉄欠乏性貧血は,それ自体が生命に関わることが少ないため軽視されやすいが,患者のQOLを低下させ,時に重篤な心不全症状を引き起こす。また,背後に重大な原因疾患が隠れている場合もある。経口鉄剤の効かない難治性の鉄欠乏性貧血にもしばしば遭遇する。病態の理解と,的確な診断・治療介入が重要である。
1 生体内の鉄代謝制御メカニズム
生田克哉(旭川医科大学内科学講座消化器・血液腫瘍制御内科学分野講師)
2 わが国における鉄欠乏性貧血の全体像
川端 浩(金沢医科大学血液免疫内科学特任教授)
3 鉄剤の効かない鉄欠乏性貧血の診断と治療
小船雅義(札幌医科大学医学部血液内科学准教授)
菊地尚平(札幌医科大学医学部血液内科学)