No.4935 (2018年11月24日発行) P.63
吉富 修 (長崎大学病院麻酔科准教授)
登録日: 2018-11-24
最終更新日: 2018-11-20
(北海道 T)
【麻酔の目的は痛みを抑えるだけではない。安全な術中管理のため全身麻酔が必要である】
腹腔鏡手術は,術創が小さく美容的であるほか,術後痛が開腹手術より少なく,また入院期間も短いなど患者への利点が多く,この10年ほどで肝・胆・膵および消化管外科,泌尿器科,婦人科,小児外科領域まで広がりました。近年では腹腔鏡下での手術支援ロボットda Vinci®を使用した手術の適応も拡大されつつあります。ご質問にあるように,腹腔鏡手術の際の皮膚創の痛みを取り除くだけであれば局所麻酔だけで十分だと思いますが,そもそも麻酔科医が行う全身麻酔中の管理の目的は,患者を鎮静し,痛みを抑えるだけではありません。手術中は,手術侵襲によって起こる生体反応を理解し,呼吸,循環,体液量管理,体温管理など様々な全身管理を行う必要があります。
腹腔鏡手術には気腹法と吊り上げ法があります。どちらにも利点・欠点があり,多くの施設でCO2ガスによる気腹法が選択されているかと思います。患者にとって腹腔鏡手術は,低侵襲であることが術後の回復に好影響を与えますが,麻酔科医にとって腹腔鏡手術は決して低侵襲ではありません。その理由は,開腹手術以上に気腹による呼吸および循環器系への影響(表1)や合併症(表2)対策に神経を使う必要があるからです。
また腹腔鏡手術では,術中に頭低位あるいは頭高位などの体位変換が行われますが,この体位変換がさらに呼吸および循環の管理を複雑にさせます。頭低位では機能的残気量減少および胸腔内圧上昇を助長し,無気肺の増加および低酸素血症を引き起こすことがあります。逆に頭高位では呼吸状態は改善されますが,静脈還流の低下がより大きくなるため,低血圧をきたしやすくなります。
気腹や体位変換による誤嚥の危険性があるため,気管挿管は必須と考えます。また胃内ガスの貯留は手術視野の妨げになり,胃管を留置してできるだけ吸引しておく必要があります。さらに気腹手術では開腹手術よりも深い筋弛緩状態が必要です。気腹による生体への影響,合併症の発生を抑えるには気腹圧を低くする必要がありますが,術野空間の質は,高い気腹圧ほど良くなります。よって気腹手術において深い筋弛緩で管理すると,低い気腹圧で良い術野を提供でき,さらに術後早期の痛みを減らすことが報告されています1)。
脊椎麻酔による腹腔鏡手術(多くは吊り上げ法)施行の報告もありますが,術後の早期離床,入院期間の短さなどの腹腔鏡手術の利点を活かすためにも,患者にとっても外科医にとっても安全かつ満足度の高い術中管理が求められ,そのためには全身麻酔下での全身管理が必要です。
【文献】
1) Bruintjes MH, et al:Br J Anaesth. 2017;118(6): 834-42.
【回答者】
吉富 修 長崎大学病院麻酔科准教授