一般社団法人日本専門医機構が2014年に設立され、2017年度からは新しい専門医制度が始まろうとしている。新しい専門医制度では19の基本領域と29のサブスペシャルティ領域が定められた(表)。基本領域には総合診療が加わり、総合診療を行う医師を総合診療専門医にするとしている。
総合診療専門医とは、いかなる医師を言うのであろうか。『新・総合診療医学』(カイ書林)という書籍の中では家庭医療学と病院総合診療医学があるとして、家庭医療専門医と病院総合医に分けている。その基本は一般(総合)内科学である。
一方、救急医学に関して著者は、わが国初の救急医学講座を1977年に川崎医科大学で開講以来、30年近く救急医学を専門(日本救急医学会指導医)として、救急医学教育と救急診療を24時間体制のERと高度救命救急センターの現場で行ってきた。その中心は重症傷病者(呼吸不全、循環不全、ショック状態、多発外傷、重度熱傷、急性中毒等)の診断と治療であり、集中治療医学(救命救急医学)を含む一般外科学が基本である。
大学在任中に度々、「救急診療は専門診療を担う大学病院が行う診療ではなく、街の開業医が行う診療である。救急医学が行っている教育や診療は、すでに専門各科が行っており、各科の領域を侵す」と言われ、救急医学教育や救急診療を継続するのに大変苦労した。著者が学生に気管挿管の試験問題を出したところ、麻酔科の教授が「それは麻酔科の問題だ」と怒鳴り込んできたこともあった(筆者は麻酔科標榜医であり、5年間麻酔科に在籍)。
川崎医科大学の総合診療科(内科)(部)は、救急科(部)よりも先に講座になったが、今、その姿はない。同様の状況は他大学にもあると思う。
どのような症状であれ疾患であれ、何でも診療する総合診療科と救急科は専門医学としての必要性から生まれたのではなく、医療として診療現場での必要性から生まれた診療科である。そのため、医学研究を行うとする専門医学指向の大学病院には受け入れられにくい。このことは、医学、医療の原点を教育すべき大学病院が、医学、医療の原点を実践している総合診療(総合診療医学、総合内科学)や救急診療(救急医学)を無視した結果であることに、意外と多くの医学関係者が気づいていない。
医学教育機関である大学病院は本来、国民が最も必要とする医学、医療の原点である総合診療医学や救急医学を医学生や研修医に教えなければならない。どのような患者が来院しようが、初期診断と初期治療ができることは全ての医師に課せられた義務であり、その知識と技術を持って専門医にならなければならないのである。
ところが、どのような疾患でも診るという総合診療医学(総合診療医)や救急医学(救急医)を専門各科は、自分達の専門領域を侵すとして存在を否定しようとする。救急医学は今まで、救命救急センターで重症傷病者の診断と治療を行ってきた。そもそも救命救急センターは、重症傷病者を大学病院等の専門各科が診ようとせず、たらい回しにしていたことの反省から導入された。それにもかかわらず専門各科は「専門医が行う領域だ」「救急医はER(振り分け外来)をすべきだ」と言い、今ある講座をERのための講座にしようとしている。ERができると今度は「ERは街の医療機関が行う医療だ」として、大学病院から追い出そうとする。
現実に、多くの救急専門医が大学病院を去り、救急医学講座が崩壊しつつある。総合診療医学講座と同じ現象が今、救急医学講座にも起こりつつある。結果として国民にも医師にも、最も必要な総合診療や救急診療が医育機関である大学病院からなくなる、または、なくなりつつある。
医学が専門分化すればする程、国民はどの診療科を受診すればいいのか判断がつかなくなる。総合診療医学や救急医学は、国民が最も必要としている医学であり、医療なのである。
このように考えると、総合診療医学(総合診療専門医)も救急医学(救急科専門医)も本来は専門医制度に単独診療科として入れるのではなく、基本領域のさらに下に位置づけ、専門医になる前に学ぶべき基本診療科といえる。これを実現するには、どうすればいいだろうか。
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