「尚君が、今朝亡くなりました」と呆然とした声の母親から電話があった。昨年11月、午前中の外来の最中である。急性気管支肺炎のため、わずか2歳数カ月の命であった。返す言葉もなかった。涙が止まらなくなった。人目を避けるように真っ暗なレントゲン室に飛び込み号泣した。
2012年8月の午前4時頃に1回経産婦が陣発で入院した。胎児心音が徐脈であり超音波検査で胎盤に血腫を認め、常位胎盤早期剥離と診断し、直ちに緊急帝王切開術を施行した。アプガール値は良好であったが周産期センターに新生児は搬送された。
1カ月後、母親からMRI検査で尚君の大脳全体に萎縮像が認められ重度脳性麻痺になると診断を受けたと報告があった。これから精神的に辛くなるだろうから色々と相談したいとのことで応諾した。常位胎盤早期剥離は防げない。産科医は無力である。私は開業後、約1万人の分娩に立ち会ったが、重度脳性麻痺は初めての経験であった。
重度脳性麻痺児に補償金を支払う産科医療補償制度(産科制度)の申請を日本医療機能評価機構(機構)に行った。私も尚君の両親も原因分析報告書(報告書)作成や報告書のインターネット公開を望まなかったため、カルテを提出しなかった。産科制度が過失の有無を問わない真の無過失補償制度なら、補償認定は小児科医の診断書があれば可能なはずである。しかし機構は私に対し、何の説明もなく追加書類の提出を求め、補償認定をしようとしなかった。機構が一向に補償認定をせず、損保会社は補償金を支払わないため、私は両親に当院の原因分析委員会の結果を口頭で説明して過失がなかったことを確認し、無過失補償金として3000万円を支払った。
補償対象基準を満たす本事例に対し、補償金の支払責任を私が負担することによって3000万円の損害を被ったため、2014年8月、保険料の管理・運用を機構から委託されている損保会社に対し、保険金を請求すべく訴訟を提起した(第2審〔平成27年(ネ)第521号 保険金請求控訴事件〕)。
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