(東京都O)
【医師以外のイレズミ施術が医行為に当たるか否かは係争中であり,最高裁の判断が待たれる】
イレズミの施術は,明治期に今でいう軽犯罪の一種として禁止の対象となりましたが,第二次大戦後に禁止規定が廃止されてからは,明示的に禁止する法律はありません。彫師業を登録制や認可制とする国もありますが,日本にはそのような仕組みもありません(反社会的なものというイメージが強かったせいでしょう)。1874年に成立した「医制」は非医師が医行為を業として行うことを禁止し,旧医師法(1906年),現行医師法(1948年)もこれを受け継いでいますが,イレズミの施術を医行為として彫師を処罰した例はごく最近までありませんでした。
イレズミの施術が医業禁止規定に違反するのでは,という議論が生じるきっかけとなったのは,アートメイクに関する議論です。
厚生省(当時)は1989年(平成元年)にシミ・ホクロ・あざなどの部分に肌色の色素を注入する行為を医行為とする通知を出し(平成元年6月7日医事35号),この行為は裁判でも有罪とされました(東京地判平成2年3月9日判例時報1370号159頁)。さらに,2010年(平成12年)の通知(平成12年6月9日医事59号厚生省健康政策局)は,「非医師である従業員が,電動式アートメイク器具を使用して皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」を医行為であるとしたため,これと同じ手法を用いるイレズミも医行為にあたるのではないか,という疑義が生じました。
2015年(平成27年)以降,大阪を中心にイレズミの施術が医師法違反で取締りを受けるようになり,略式裁判で有罪となる事例も出ていますが,そのうちの1件が現在正式裁判で争われています。2018年11月に出された大阪高裁の判決は,第1審の有罪判決を覆し,彫師である被告人に無罪を言い渡しました(大阪高判平成30年11月14日)。
主な争点は「医行為」の概念で,第1審はイレズミには保健衛生上の危険性があることを根拠に「医行為」性を認めたのに対し,大阪高裁は,医行為にあたるとするためには,前提として,「医療及び保健指導」(医師法1条)に属する行為であることが必要であるとして,イレズミの医行為性を否定しました。
大阪高裁は,イレズミの施術に感染等の危険性があることは認めていますが,①彫師に対する「教育・研修(場合によっては届出制,登録制,医師免許より軽易な資格制度に置くこと)」や衛生基準等の策定等によって危険性は大きく低下すること,②海外主要国でイレズミの施術に医師免許を要求している例がないこと─を指摘し,医師免許を要求するのは過剰な規制であるという立場を示しました。検察側がこれを不服として上告しましたので,近い将来に最高裁の判断が下されることになります。
【回答者】
辰井聡子 法学者/元立教大学法務研究科教授