【血清鉄低値,血清フェリチン高値の病態では,鉄過剰状態を惹起する安易な鉄補充は避ける】
慢性腎不全でみられる腎性貧血の主因は造血ホルモンであるエリスロポエチン(erythropoietin:EPO)の産生低下であり,ESA投与が有効ですが,鉄欠乏を合併する症例には,適切な鉄補充療法が必要です。
鉄は成人の体内に約3~5g存在し,約60%がHbをつくるために使われる鉄として血液中に,約1000 mgが肝臓や網内系の貯蔵鉄として存在します。体内の鉄動態の評価には,貯蔵鉄の指標である血清フェリチン値と,実際に鉄が赤血球産生に利用されている程度を示すTSATを用います。
遊離の鉄(free iron)は毒性がとても強く,体内ではこれを制御(無毒化)して安定化させるために,血液中ではトランスフェリンに,貯蔵鉄については,アポフェリチンと結合した状態で存在します。このアポフェリチンは内部に鉄を貯蔵できる中空部分を持つ巨大分子であり,これと鉄が結合したものがフェリチンです。フェリチンは肝臓,脾臓に多量に存在し,腸粘膜,胎盤,心臓,腎,赤血球などに広く分布しています。血清フェリチン値はこのような細胞内から産生されたフェリチンが一部血液に流出しているのを測定しています。血清フェリチン値は体内のフェリチン量に比例することが知られており,血清フェリチン値1ng/mLは貯蔵鉄8mgに相当します。
一方で,急性期蛋白(acute phase protein)である血清フェリチン値は炎症の状態も反映し,ここでは肝臓で産生される鉄調節ホルモンであるヘプシジンが重要な役割を担います。ヘプシジンの合成は低酸素血症,鉄欠乏状態,ESA投与によって低下し,急性・慢性炎症や鉄剤投与・鉄過剰状態で亢進します。特に悪性疾患,膠原病,感染症といった慢性炎症状態では,インターロイキン-6(IL-6)などの炎症性サイトカインにより合成が亢進したヘプシジンが,細胞膜の鉄輸送体であるフェロポルチンの発現を低下させることによって血中への鉄流入が抑制される結果,血清鉄低値,血清フェリチン高値を伴う貧血となります。このような慢性炎症に伴う貧血をanemia of chronic disease(ACD)と呼び,その主要病態は鉄の利用障害(鉄の囲い込み)です。
血清フェリチン高値を呈する透析患者は,貯蔵鉄の過剰と慢性炎症のいずれか,もしくは両方の病態を有しており,安易な鉄補充療法は,無効であるばかりでなく,鉄過剰状態を惹起してしまう可能性があり,「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」1)では,血清フェリチン値が100ng/mL未満かつTSAT 20%未満で鉄剤投与を開始するよう推奨されています。
ただし,あくまでもガイドラインであり,この基準を満たさない症例への鉄剤投与が禁忌なわけではありません。血清フェリチン値が100ng/mL以上であっても,十分量のESA投与下で貧血が是正できない症例に対しては,鉄補充療法を検討すべきだと思います。ただし,高フェリチン血症を呈する透析患者は生命予後が悪いことが知られており2),本ガイドラインでは,血清フェリチン値が300ng/mL以上となる鉄補充療法を推奨していません。
【文献】
1) 日本透析医学会:透析会誌. 2016;49(2):89-158.
2) Maruyama Y, et al:PLoS One. 2015;10(11): e0143430.
【回答者】
丸山之雄 東京慈恵会医科大学内科学講座腎臓・高血圧内科講師