腹膜偽粘液腫(pseudomyxoma peritonei:PMP)は,100万人に1~3人発生する稀な疾患であるが,単一の疾患ではなく,腹腔内の粘液産生性腫瘍の破裂によって腹腔内に粘液が広がった臨床的病態の呼称である。原発は虫垂が多く(95%程度),ほかに卵巣やごく稀に結腸,尿膜管や膵臓等もある。病理組織としては低異型度粘液性腫瘍(非浸潤癌相当)が多いが,高異型度から印環細胞を含む浸潤性の粘液癌相当のものまでを含み,かなり広範なスペクトラムを呈することにも注意が必要である。
一般には虫垂の粘膜面に上皮性の腫瘍が発生し,過剰な粘液分泌に伴って虫垂の内腔に著明な粘液の貯留が起こり虫垂粘液瘤を形成する。これが破裂することでゼリー様の粘液とともに腫瘍細胞が腹腔内に拡散する。
多くは虫垂原発の低異型度粘液癌(low-grade appendiceal mucinous neoplasm:LAMN)の破裂の病態であり,緩徐に進行するため無症状のことも多く,主訴としては腹部膨満程度のことが多い。典型的な病態では多量のゼリー様の粘液が腹腔内に充満し,jelly bellyと呼ばれる特異な臨床所見を呈するが,このような状況においても腹痛や通過障害はさほどきたさないことが多い。破裂時も自覚的所見に乏しいことが多いが,時に急性虫垂炎が発症の契機となることがある。虫垂内腔に液体貯留がみられる場合には要注意である。可能であれば保存的に治療を行い,精査を検討すべきである。また,偶発的に腹部超音波検査やCTによる腹水,大腸内視鏡検査における虫垂根部の粘膜下腫瘍状の隆起などが発見契機になることがある。
上腹部から骨盤の造影CTが最も有用である。腹水は粘液~スライム様で粘稠度が高いために,進行したPMPでは後述のようなscallopingという特徴的な画像所見を呈する。これは特に左右の横隔膜下において,肝臓や脾臓といった実質臓器にmass effectをもって圧排が生じる所見である。粘稠度の高い粘液に特徴的な所見で,なだらかに拡散する漿液性の腹水とはこれをもって鑑別が可能である。そのほか特に腹膜の肥厚や結節様変化,また進行例では大網ケーキ(omental cake)の形成もしばしばみられる。原発の虫垂は小さな臓器のため,thin sliceの造影MDCTでないと確認が難しいことも多い。典型的なものでは虫垂内腔に粘液が貯留し,いわゆる虫垂粘液瘤の病態を呈する。壁の一部に石灰化がみられることが多く,非常に特徴的な所見である。女性の場合には,しばしば同時性に卵巣の播種性転移をきたして極端に大きく目立つようになり,巨大卵巣腫瘍の術前診断により婦人科で手術となってしまうことも多い。そのため,一見卵巣腫瘍にみえる場合においても術前画像および術中にも必ず虫垂を確認すべきである。もし虫垂に腫大や粘液貯留があれば大きさによらずまずは虫垂原発を考えるべきである。最終的には切除された標本の免疫染色も消化管由来の鑑別に有用である。
画像上,診断が困難な場合には腹水穿刺が有用なことがある。吸引できないくらい粘稠度の高い粘液が引けてくればPMPをまず考える。粘稠度の低い漿液性の腹水が引けてくる場合には他の良性疾患や悪性度の高い通常のがんの腹膜播種などの可能性を考えるが,細胞診およびセルブロック法による検査で鑑別を行うことも有用である。破裂のない虫垂粘液瘤の穿刺はPMPへの移行リスクが高く禁忌である。
腫瘍マーカーについてはCEA,CA19-9およびCA125が高値となることが多く,診断補助や手術後の再発のフォローアップに有用である。
PETについてはその悪性度を反映しており,典型的な低異型度のPMPでは腫瘍密度が低いために集積は乏しいことが多い。通常型のがんの腹膜播種の場合にはPETの集積は比較的高いので鑑別に有用である。
このように多様な病態を呈するため,本疾患が疑われた時点で専門施設へのコンサルトが望ましい。
残り1,474文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する