直腸粘膜脱症候群(mucosal prolapse syndrome:MPS)は,直腸粘膜の一部が逸脱を繰り返し,慢性的な機械的刺激を受けることで粘膜表面に隆起性変化や潰瘍形成をきたす良性疾患の総称である。発症には排便時の過度ないきみが関係しており,いきみによる慢性的な機械的刺激,虚血性変化,過形成性変化により,直腸の前壁,後壁に潰瘍や隆起性病変を形成する。わが国での発生頻度は0.6%との報告があり1),20~30歳代の若年男性に多いとされる2)。
排便時の出血,粘液排出,腫瘤の脱出,残便感,テネスムス,長い排便時間(10分以上)などの症状があり,過度ないきみを伴って排便する習慣がある症例では,本疾患を念頭に置いて診断に臨む。そのためには詳細な問診の聴取が重要である。問診や肛門の診察でMPSが疑われる場合は,大腸内視鏡検査を行い,潰瘍性病変や隆起性病変の有無や病変の広がりを確認する。病変があれば,病変部分から組織を生検し,線維筋症(fibromuscular obliteration)の特徴的な所見の有無を調べる。線維筋症が確認されれば診断は確定する。もし線維筋症が検出できない症例で,内視鏡の所見や臨床所見で本疾患が疑われる場合は,生検を繰り返すか,精査と治療を兼ねて粘膜切除術や経肛門的局所切除を行う。過去には,組織学的にがんと判明しないが内視鏡的にがんと診断されたり,生検の組織検査でがんと誤診され過大な手術が行われた症例もみられている。
まず詳細な問診の聴取が重要である。排便時の出血や脱出等の症状がある,排便困難や残便感からトイレに長時間こもる,過度な「いきみ」をして排便する,といった項目について聴取する。これらの項目が該当すれば,①内外痔核,②肛門ポリープ,③直腸脱,④MPS等を念頭に置く。①~③は,肛門鏡による肛門診察や怒責検査(トイレでいきんでもらい肛門の観察をする検査)で診断がつく。④の症例でも肛門鏡による検査で疑いの診断はつくが,さらに内視鏡検査を行い,生検も含めたより詳細な検査で線維筋症が判明すれば,MPSが確定する。
MPSの鑑別疾患としては,直腸癌,悪性リンパ腫,深部の複雑痔瘻,クローン病の肛門病変,放射線性直腸炎などが挙げられる。この中で最も注意すべき疾患は直腸癌である。MPSでは問診で排便障害があるために鑑別診断のポイントになるが,全周性の直腸癌では狭窄のために便が出にくくなり,同様な排便障害をきたす。極小の内視鏡による検査を行って観察と生検をする必要がある。また,過去にはMPSをがんと誤診して,手術が行われた症例もあり,診断には十分な注意が必要である。
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