ARB・ネプリライシン阻害薬(ARNi)は、レニン・アンジオテンシン系阻害薬(RAS-i)に比べ、慢性心不全例の転帰を有意に改善することが既に明らかにされている(PARADIGM-HF試験)。では、急性心筋梗塞(AMI)後の心機能低下例に対する有用性をRAS-iと比べるとどうなるか。この疑問に答えるべく実施されたランダム化比較試験 “PARADISE-MI”が5月15日、バーチャル開催の米国心臓病学会(ACC)で報告された。報告者はブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国)のMarc A. Pfeffer氏。言わずと知れた、AMI後左室リモデリングに対するACE阻害薬の有用性を初めて証明したSAVE試験の主任研究者である。
PARADISE-MI試験の対象は、AMI発症後0.5~7日以内に「左室駆出率(LVEF)≦40%」か「肺うっ血」を認め、かつ心血管系(CV)転帰増悪因子を有する5669例である。心不全既往例は除外されている(ARNiの適応があるため)。世界41カ国から登録され、東アジアでは中国(台湾含む)、韓国が参加している。
平均年齢は64歳、女性は25%弱、アジア人は17%を占めた。AMI発症から割り付けまでの平均日数は4.3日。89%が再灌流療法を受けていた。LVEF平均値は36.5%、56%が「Killip分類≧Ⅱ」だった。治療薬としては85%がβ遮断薬、92%が抗血小板薬2剤を処方されていた。なお試験前からRAS-iを服用していた78%では、それらの服用を中止した。
これら5669例は、ARNi“エンレスト”(ARB 103mg、ネプリライシン阻害薬97mg)1日2回群とACE阻害薬“ラミプリル”5mg 1日2回群にランダム化され、二重盲検法にて23カ月間(中央値)観察された。今回の患者群におけるこの用量・回数のラミプリル服用の有用性は、プラセボ対照ランダム化比較試験“AIRE”において、すでに証明されている。
その結果、1次評価項目である「CV死亡・心不全入院・外来での心不全発症」の発生率はARNi群:6.7/100例・年、ACE阻害薬群:7.4/100例・年となり、リスクに有意差は認められなかった(ハザード比[HR]:0.90、95%信頼区間[CI]:0.78-1.04)。Pfeffer氏によれば、有意差となるためには15%の相対リスク減少が必要だったという。なお、発生率曲線の解離は、試験開始後3カ月を待たずに始まっていた。これら1次評価項目を個別に検討しても、ACE阻害薬群との間に有意差はなかったが、いずれのイベントもARNi群で減少傾向を示した。また事前設定された探索的解析である「1次評価項目全イベント解析(初発イベントに限定せず)」では、ARNi群における相対リスクは0.79の有意低値となっていた(95%CI:0.65-0.97)。
1次評価項目の事前設定亜集団解析からは、注目すべき2つのサブグループが明らかになった。すなわち、年齢65歳「以上」と「未満」ではARNiの有効性に有意なばらつきがあり(P=0.007)、65歳以上でより有効だった。同様に、AMIに対するPCI施行の有無によるばらつきも認められ(P=0.005)、PCI施行例ではARNiの有効性が高くなっていた。ただしPfeffer氏は、この結果の臨床的意義については言及しなかった。
一方、Pfeffer氏が特に強調したのが、本試験におけるARNiの安全性である。有害事象、重篤有害事象とも、発現率はACE阻害薬群と差はなく、血管浮腫の発現率も0.5%だった。本試験には導入期間が設けられておらず、また血行動態破綻リスクが高い時期からの使用である(同氏はAMI急性期への静注ACE阻害薬が血行動態を破綻させたCONSENSUS Ⅱ試験に言及)。そのような点を考慮すると、ARNiの安全性はかなり高いというのが、同氏の評価だった。
なお、PARADISE-MI試験における死亡率は、ARNi群で7.5%、ACE阻害薬群で8.5%である(有意差なし)。Pfeffer氏は、同様の患者群を対象とした2003年報告のVALIANT試験において、ACE阻害薬群、ARB群とも19%超が死亡していたと指摘(観察期間中央値はほぼ同一)。この20年間でAMI例の死亡リスクが半減したと述べ、循環器専門医たちを讃えた。
本試験はNovartis社の支援を受けて実施された。また安全性確認のため、非盲検下で延長観察が継続中である(NCT04637555)。