羊水塞栓症は羊水が母体血中へ流入することによって引き起こされる,「肺毛細管の閉塞を原因とする肺高血圧症と,それによる呼吸循環障害」を病態とする疾患である。妊婦が死亡する最も頻度の高い疾患であり,1986~2004年の193例の剖検所見による疾患別妊産婦死亡の割合で羊水塞栓症(組織学的に剖検組織内に胎児成分を確認した症例)が最多の24.3%である1)。
母体肺血管内に流入した羊水成分の検出により診断に至るが,救命例では以下の臨床的診断基準のうち,3つすべてを満たすものを臨床的羊水塞栓症と診断する。①妊娠中または分娩12時間以内に発症した場合,②心停止,分娩2時間以内の原因不明の大量出血(1500mL以上),播種性血管内凝固症候群(DIC),呼吸困難,の症状・疾患(1つまたはそれ以上でも可)に対して集中的な医学的治療が行われた場合,③観察された所見や症状が他の疾患で説明できない場合。
病型は初発症状と主病態から,①心肺虚脱型(心肺停止・呼吸不全,胸痛,意識消失,原因不明の胎児機能不全,不穏状態,発症から心停止までの時間が極端に短い),②弛緩出血・DIC先行型〔分娩後2時間以内の原因不明の大量出血,DIC(胎盤娩出後のサラサラした非凝固性性器出血,重症の弛緩出血,Fib<100mg)〕に分類される。
発症が急激で急速に重篤に至るのが特徴である。心肺虚脱型では胸痛発作(訴えない場合もある)とともに呼吸不全,意識消失,ショック,心停止を発症する。弛緩出血・DIC先行型では産後出血が通常の弛緩出血では説明できないスピードで進む。いずれにせよ尋常ではない病態であり,検査結果を待たずに初療を開始することが重要である。
心肺虚脱型は発症が急激かつ重篤であり,肺血栓塞栓症やアナフィラキシーショック反応と症状が似ているため,最初は確定できないが,母体救命という観点で初療のABCを開始する。病状が急速に悪化していくので,マンパワー確保と集学的治療(救急救命科のコールや高度医療設備への移床など)を可及的速やかに行う。母体の循環動態・呼吸悪化が急速に起こるため,娩出前に発症した場合,胎児機能不全となり,胎児管理に気をとられ急速遂娩実行中に心停止を起こすこともある。
心肺虚脱型はいまだ救命が困難な疾患である。救命には早期発見が重要であり,分娩進行中も母体モニタリング(心拍,酸素飽和度)を行うことで,変化を早期に覚知する。一度,心肺虚脱型が発症した場合は母体救命を優先し,救命のABCを遅滞なく行う。既に産婦人科単科での管理は不可能であり,速やかに集学的治療の行える状態を確保する。
弛緩出血・DIC先行型では,心肺虚脱型のような急激な循環動態悪化や呼吸不全は引き起こされないが,産後出血で最も頻度の高い弛緩出血にしては出血スピードがあまりにも速く,凝固線溶系の亢進(DIC)が一気に進むため,通常の産後出血に対応するスピードではまったく追いつかない。よって,診断に至らなくとも,疑いはじめた段階で見切り発車し,以下の治療を速やかにかつ大胆に行う。弛緩出血・DIC先行型でもマンパワー確保と集学的治療は重要である。
母体救命ではOMI(oxygen, monitoring, intravenous injection)が重要であり,リザーバー付き酸素マスク(10L)の装着,心電図,酸素飽和度測定を行い,少なくとも2ルート以上の静脈確保(できれば20G以上)を速やかに開始する。本疾患を疑ったら躊躇なく新鮮凍結血漿(FFP)のオーダーを行う。羊水塞栓症のDICは凝固と線溶亢進が劇的に進行するため,早期かつ十分な凝固因子補充と,抗線溶療法を速やかに開始する必要がある。
赤血球は組織の酸素化の担体としてバイタルサインの維持に必須であるが,まずは十分な酸素投与と外液系の輸液によりバイタルサインの安定化と組織の酸素化を図る。また,産科危機的出血の状態であるので,異型適合血(O型RBC,AB型FFP)を用いてもよい。また,十分な凝固因子補充のため,FFP:RBC比≧1.5を目標とする。FFPは解凍に時間を要することからも,早期判断が必要となる。
羊水塞栓症は胎児成分が母体内に流入し,各種メディエーターの活性が起きている状態なので,アナフィラクトイド反応を少しでも抑制する目的でベリナート®P静注用(乾燥濃縮ヒトC1-インアクチベーター)投与も考えられる。ただし,高価かつ現時点で保険適用はない。子宮収縮を目的とした子宮収縮薬や物理的圧迫止血法のバクリバルーン挿入など,保存的治療を行っても出血が止まらない場合は,IVRによる子宮動脈塞栓術や原因除去を目的として子宮全摘術を行う。
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