重症熱中症は高体温による脱水,電解質異常のみならず,播種性血管内凝固症候群(DIC)や感染症,多臓器不全,高次(脳)機能障害や小脳失調などの中枢神経後遺症も惹起しうる。これらの併発症や後遺症は患者転帰を大きく左右する要因であり,患者を暑熱環境から救出し,より早い冷却を行うことが肝要である。
従来普及している冷却方法には冷却輸液,蒸散法(体表を濡らしたガーゼなどで覆い,送風して気化熱で体温を奪う)や冷水浸漬(患者を身体ごと冷水に浸水させる)がある。また近年では血管内冷却法など,新規の冷却手法も普及しつつあり,これらの基礎的知識についても習熟しておく必要がある。
熱中症の病態は労作性熱中症と非労作性熱中症の2つに大別される。労作性熱中症は若年者に多く,屋外での労働やスポ―ツ中に多い。一方,非労作性熱中症は高齢者の屋内での発症が典型的である。労作性熱中症は発症のタイミングが明確であり,関係者や救急隊などから病歴をしっかり聴取することで容易に判断しうるが,非労作性熱中症については数日かけて悪化する場合が多く,敗血症や脳卒中等のその他の病気との鑑別を要する。
暑熱環境にあることや,直腸温等の深部体温が高値であることが診断の一助になる。
迅速な冷却と確実な体温管理は患者転帰に影響する。簡便かつ安全な冷却法として広く行われている蒸散法や冷水浸漬がある。中高齢者に冷水浸漬を行った症例報告では,若年者に比して死亡率は高く報告されており(14~32%),特に高齢者には身体的負担が大きい治療であるため,注意を要する。浸漬中の心電図などのモニタリングが難しいこと,蘇生行為など付加的医療行為が困難であることにも注意を払う必要がある1)。
もう1つの冷却法として蒸散法が挙げられる。これは霧吹きを用いる,あるいは体表を濡らしたガーゼなどで覆った上で,扇風機などで送風して気化熱により体温を奪うものである。安全性と簡便性からわが国でも広く普及しているが,新型コロナウイルス感染症が蔓延している昨今では,エアロゾル発生に留意し,換気のよい場所で行い,治療者もしっかりと個人防護具を着用する必要がある。冷水浸漬は高齢者に負担が大きい治療である反面,蒸散法は中高齢者の非労作性熱中症において死亡率が比較的低く,安全に行いうる治療である。
現時点で熱中症治療に有効な薬物はない。また,一般臨床で使用されているような解熱薬に治療効果はないと言われる。これは,一般的な発熱と熱中症はその体温上昇のメカニズムが異なるためである。すなわち感染症による発熱などは炎症性サイトカイン(IL-1β,IL-6,TNF),さらにはプロスタグランジン(PG)E2およびトロンボキサンの産生亢進から,視床下部における体温のセットポイントが上昇することが主なメカニズムである。したがって,各種解熱薬はこのPGE2を抑えることで,発熱を抑制しうる。一方,熱中症では体温のセットポイントは上昇せず,暑熱環境の外因的要素からの体温上昇であり,上述薬剤の薬効を期待できるものではない。また,熱中症に併発しうる肝障害や腎障害を悪化させる可能性もあり,使用は控えるべきである。
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