【質問者】中島幹男 東京都立広尾病院救命救急センター部長
【救急には生活背景に起因する身体症状の患者も多い。医師も地域の生活を知る必要がある】
筆者は救急・集中治療医として,人工呼吸や人工心肺などを用いる重症患者の診療に関わってきました。その一方で,救急外来に来院する患者は,軽症な患者が圧倒的多数であり,そのような患者に対し「不適切受診」とレッテルを貼って,救急外来に来るべきではない,としていることに疑問を感じていました。そのような患者の受診理由を深掘りすると,孤独,貧困など社会的生きづらさを背景にした受診が多いことがわかります。そこで,大学病院での救急医をいったん辞めて,地域の医療機関にて非常勤で勤務を始め,空いた時間を地域住民との交流などにあてるようにしてみました。すると,病院で待っていただけではわからなかった地域の特性や魅力がわかるようになり,それが救急医療にも生きるようになりました。
先日,午前1時に「眠れない」を主訴に救急搬送となった80歳代の女性がいました。この方は近医で睡眠薬を処方されており,前日にも眠れないと救急受診し追加処方をもらったものの,やはり眠れないとのことでした。「生物学的には」治療を要する病態がみられませんでした。睡眠薬をさらに追加してもよかったのですが,どうして眠れないか,深掘りしてみました。すると,夜は息子が仕事から帰ってきて2人だから暖房をつけるが,日中は1人なので電気代がかからないように,暖房をつけずこたつに入ってじっとしているとのことでした。趣味を問うと,編み物が得意であるとのこと。そこで,この患者には睡眠薬を処方する代わりに,作品が見たいから,ぜひ今度病院に持ってきてほしい,寒い中暖房もつけないと病気になって逆にお金がかかる可能性があることを伝えたところ,納得して帰宅されました。近隣の地域で,作った編み物の展示会をしているという事実を知っていたので,この話を広げることができました。
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