臨床感染症の基本は,患者背景(Patient background),感染臓器(Organ),原因微生物(Microorganism)を特定し,原因微生物に活性のある抗菌薬(Antimicrobials)を選択することである。治療開始後は,臓器特異的な指標を中心にアセスメントを繰り返しながら(Reassessment)フォローアップしていくことが基本である。筆者は,それぞれの頭文字を取ってPOMA-Rと略して日常診療や感染症教育に利用している1)(図1)。
腎盂腎炎は頻度の高い感染症のひとつであり,いわゆる尿路感染症と呼ばれる感染症のひとつである。腎盂腎炎以外の尿路感染症の中には,膀胱炎や前立腺炎,精巣上体炎などが含まれる。
腎盂腎炎の可能性を高める患者背景といえば,女性,尿道カテーテル挿入中,尿路の解剖学的な異常(前立腺肥大症や尿路結石,腫瘍による尿路閉塞など),神経因性膀胱などである。尿路に解剖学的異常のない女性の腎盂腎炎を単純性腎盂腎炎,それ以外の腎盂腎炎を複雑性腎盂腎炎と呼ぶ。複雑性腎盂腎炎とは,尿路の解剖学的な異常(カテーテル留置や結石,腫瘍など)を有するもの,免疫不全者,耐性菌リスクを有するもの,高齢者,フレイル,妊婦,臓器移植後などを指す2)。
腎盂腎炎は通常,直腸内の細菌が尿道内に侵入し,膀胱に到達したのち,上行性に腎盂に到達して発症する。女性は男性と比べて解剖学的に肛門と尿道の距離が近いため細菌が尿道内に侵入しやすく,また,尿道口から膀胱までの距離が短いので,ひとたび細菌が侵入すると膀胱までたどりつきやすいという特徴がある。
男性というだけで複雑性腎盂腎炎の扱いになるのは,前述した女性のような先天的な解剖学的リスク要因がないため,「男性の尿路感染症=何らかの新たな解剖学的異常の存在」が示唆されるからである。男性で尿路感染症かと思ったら,尿管結石,尿管腫瘍,膀胱腫瘍,膀胱結石,前立腺肥大症,尿道カテーテル留置の有無などを検索する必要がある。そして,解剖学的異常の検索だけでなく,前立腺炎,精巣上体炎の鑑別も必要であるため,直腸診で前立腺の圧痛と精巣上体の腫大,圧痛がないかも確認すべきである。なお,排尿時痛や尿道分泌物の増加,尿道からの排膿などがみられる場合には尿道炎の存在が疑われ,その原因の多くは性感染症なので,性交渉歴を聴取する(表1)。