〔要旨〕超過死亡数はパンデミックによる社会全体での死者増加数である。日本では交通事故死亡者数の数十倍もの超過死亡がいまだ続いているが,国立感染症研究所は2023年春以降,超過死亡が観察されなくなったと発表し,新聞・テレビも報道している。本稿では国立感染症研究所が世界の常識から乖離した,誤った超過死亡解析を続けている事実を明らかにし,未曾有の事態が速やかに是正される必要性を示す。
新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)のようなパンデミックは,感染死だけでなく,医療ひっ迫など様々な影響を通し,社会全体の死亡者数を増やす。菅谷憲夫氏も指摘しているように1),パンデミックが社会に与える被害全体は,すべての原因による死亡者数(all-cause mortality)から,パンデミックが発生しなかった場合に推定される死亡者数を減じた「超過死亡数(excess deaths)」(式1)で推定できる。
超過死亡数
=死亡者総数-当該感染症が起こらなかった場合の予測死亡者数 (式1)
新型コロナ流行による超過死亡の場合,すべての原因による死亡者数から「新型コロナが発生しなかった場合」に推定される死亡者数を減じた数値が「新型コロナの(流行による)超過死亡数」(式2)である2)。
新型コロナの超過死亡数
=死亡者総数-新型コロナウイルス感染症がない場合の予測死亡者数 (式2)
日本では2023年春,新型コロナの感染対策が大きく緩和された。欧米と足並みをそろえたようにも見えるが,現実は異なる。欧米では死者が減少したことを確認した後に対策を緩和したが1),日本では感染死が急増(2022年は2020年の11倍)する中,緩和に舵を切った。不自然な政策判断の背景には「ELSI*専門家」と称する集団の政府への「提言」3)が関与した。
5類移行後,厚生労働省が発表した2023年9月の新型コロナ関連死は,1カ月で最大5000人超と試算された4)。救急搬送への深刻な影響も慢性化しており5),救急搬送の遅延に伴う死者増加も推測される。実際,2024年6月,厚労省発表の人口動態統計(図1)6)からは,新型コロナ流行前の2019年までの死亡数増加の傾向(トレンド)との比較で,(新型コロナ以外の天変地異等がなければ)2022年と2023年は各年10万人程度以上の超過死亡発生が視認できる。年2000人台の交通事故死亡者数の数十倍である。
*:科学技術がもたらす倫理的(Ethical),法的(Legal),社会的(Social)問題(Issues)について,主として人文科学的観点から検討を行う研究プログラム。
5類移行で各種データ収集が廃止されたため,超過死亡データは以前にも増して重要である。日本では国立感染症研究所(以下,感染研)が公的役割を担う。その超過死亡数はテレビ,新聞等のメディアで広く報道され,政府の政策決定や世論にも大きな影響を与える。
既に見たように2023年は10万人程度以上の超過死亡が推測されるのだが,感染研発表の超過死亡数(全死亡)7)では2023年3月以降,超過死亡がまったく観察されず,時に過少死亡さえ観察されており,客観データと整合しなくなった。なぜだろうか?
筆者らはその不整合の原因に感染研の超過死亡解析の誤りを疑い,感染研の超過死亡Webページ8)にある解析アルゴリズムや参考文献等を分析した。その結果,新型コロナ流行前の全死亡者のトレンドに従って(式2)の「新型コロナウイルス感染症がない場合の予測死亡者数」を算出すべきところ,感染研では新型コロナの流行が始まった2020年以降を含む死亡データから「予測死亡者数」を算出している可能性を突き止めた。2024年1月,この疑義を公開質問状9)として感染研に送付した。
筆者らの指摘通り,感染研は2021年以降,2020年以降の実死亡者データを「新型コロナウイルス感染症がない場合の予測死亡者数」推定に用いていた9)。これでは「新型コロナの超過死亡」は計算できない。EU10)や英国11)の例からも明らかなように,他国では日本と異なり,2021年以降の予測死亡者の推定にコロナ期間である2020年以降の死亡者データをそのまま採用するような誤った解析は行っていない。
このように,感染研が発表している超過死亡数は「新型コロナの超過死亡」ではなかったわけで,数々の客観データと矛盾するのは当然である。感染研のアルゴリズムは直近5年間の実死亡者数から「予測死亡者数」を推定しているため,年を経るごとに,直近5年間に占める新型コロナ流行期(2020年〜)のデータが増え,超過死亡の過小評価が拡大する。