アントラサイクリン系抗癌剤の心毒性は古くから知られているが、これを抑制する手立ては確立されていない。心不全(HF)への保護作用が確立しているβ遮断薬やレニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬も、アントラサイクリン薬後の心機能低下作用を検討したランダム化比較試験(RCT)はネガティブだった(Cardiac CARE、PROACT試験)。しかしアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNi)をHF高リスク例に限定して用いれば、アントラサイクリン薬使用後の左室機能を維持できる可能性があるようだ。RCT“SARAH”の結果、明らかになった。11月16日から米国シカゴで開催された米国心臓協会(AHA)学術集会にて、Marcely Gimenes Bonatto氏(サンパウロ大学、ブラジル)が報告した。
SARAH試験の対象は、アントラサイクリン系抗癌剤治療中/治療終了後に、99パーセンタイル値超の高感度トロポニンI(hs-TnI)濃度を認めたがん患者114例である。単一施設で登録された。ただし化学療法や放射線療法の既往例は除外、加えてRA系阻害薬かβ遮断薬服用、あるいは「収縮期血圧<100mmHg」例なども除外されている。hs-TnI基準値を設けたのは、HF高リスクのみを抽出するためだという。
平均年齢は52歳、90%が女性だった。がん種最多は乳癌の81%で、アントラサイクリン累積使用量は240mg/m2だった。左室駆出率(EF)平均は、エコー評価で64%。心血管系リスクとしては高血圧(32%)が最多で、高コレステロール血症(12%)と糖尿病(10%)が続いた。
これら114例はARNi(Sac-Val 200mg×2/日目標)群とプラセボ群にランダム化され、二重盲検法で24週間観察された。1次評価項目は、左室収縮機能の指標である「グローバル長軸方向ストレイン(GLS)」の15%以上減少である。
・1次評価項目
その結果、「15%以上のGLS減少」の発現率は、ARNi群でプラセボ群に比べ有意に少なかった(7.1 vs. 25.0%。オッズ比[OR]:0.23、95%CI:0.07-0.75)。治療必要数(NNT)は6である。GLS推移をたどると、試験導入時評価からランダム化までは、両群とも同等に減少していた。しかし試験薬開始直後から、ARNi群では減少が止まり、最終的には増加傾向に向かった。一方プラセボ群のGLSは、観察期間を通して減少を続けた。
・2次評価項目
同様に2次評価項目の「EF(心臓MRI評価)」も、プラセボ群が24週間後「60→58%」へ有意低下したのに対し、ARNi群では「60→61%」と不変だった(群間差P=0.027)。なおエコー評価EFには、両群間で有意差を認めなかった。
・安全性
ARNi群では低血圧発現が多かった(害必要数[NNH]:9)。ただしほとんどは薬剤減量により対処可能で、服薬中止は要さなかったとのことだ。また血清カリウム値も、ARNi群で有意に高かった(4.31 vs. 4.16mol/L)。
Bonatto氏は本研究の限界として「観察期間が短期」(24週間)と「症例数が少ない」(114例)の2点を挙げた。
指定討論者のBonnie Ky氏(ペンシルバニア大学、米国)も同様の観点から、この結果を臨床に反映するのは時期尚早とし、現在進行中のRCT“PRADA Ⅱ”の結果を待つ必要があるとした。同試験ではアントラサイクリン薬[±HER2阻害薬]使用乳癌女性300例を対象に、ARNiが心臓MRI評価EFに与える影響が18カ月にわたりプラセボと比較される。現時点における終了予定は、2025年である[NCT03760588]。Ky氏はまたHF予防治療の対象として、心保護治療がベネフィットをもたらし得る(HF高リスク)がん患者を特定する重要性も強調していた。
本試験は企業からの支援は一切受けていないとのことである。